8か月をかけた渾身のアップデート。YAMAP別注カミノパンツライトのベースとなった、新型カミノパンツ制作の裏側
2020年にYAMAPとファイントラックがコラボした「YAMAP別注カミノパンツ」は、YAMAP STORE AWARD 2020 上半期のウェア部門で第1位を獲得するなど、多くの方に愛される大人気商品となっています。発売から2年が経った今シーズン、別注カミノパンツに新たな仲間「YAMAP別注カミノパンツライト」が加わりました。
YAMAP STOREでは2種類の別注カミノパンツが販売されることになりますが、ファイントラックでは従来のカミノパンツが今年アップデートされ、新型モデルとして販売されます。新しく発売された「YAMAP別注カミノパンツライト」は、実はアップデートされた本家・新型カミノパンツをアレンジして作られています。
今回は、5年ぶりとなる本家カミノパンツのアップデートを担当された、ファイントラックの夏見智子さんと、YAMAP別注製品の開発を担当していただいた、同じくファイントラックの相川創さんのお二人に、「会社をあげての一大プロジェクトだった」という、新型カミノパンツが完成するまでのストーリーやアップデートにかける想いなどを伺いました。
(インタビュアー:乙部晴佳、記事:小川郁代、写真:桑原明丈 )
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運命の入社と一大プロジェクト
ー 今年カミノパンツをアップデートされたのは、何か理由があるのでしょうか?
相川さん「ファイントラックでは、ほとんどの商品を4,5年程度のサイクルでアップデートしています。時間が経つと素材や技術も新しくなるので、状況を見ながら常にそのときどきにあったベストな商品であるよう更新をするのですが、カミノパンツも2022年春のアップデートに向けて、2020年の冬から動き出していました。
ただ、カミノパンツはファイントラックのベストセラーのひとつで、もともとの完成度が非常に高い商品だったため、アップデートで満足度が下がっては元も子もないと、ブランドとしても気合いの入ったとても重要なプロジェクトという位置づけでした」
ー それを担当されたのが夏見さんですね。入社してすぐ、このプロジェクトの担当になられたと聞きましたが、突然の大仕事に抜擢されていかがでしたか? それまではどのようなお仕事を経験されて、ファイントラックに入られたのでしょうか?
夏見さん「2020年11月の入社が決まった時点でこの話を聞いていたので、相当なプレッシャーがありました。ずっと女性用アパレルの仕事で、商品デザインやパターン(型紙)設計に携わってきましたが、アウトドアブランドでの仕事はファイントラックが初めてです。
6年ほど前に神戸に移住したのを機に、六甲山に週2日くらいのペースで登るようになったんです。そのうちに、どんどんと山への興味が強くなってきて、アパレルとアウトドアを掛け合わせた仕事がしたいと思うようになりました。その想いがピークに達したころ、たまたまファイントラックが神戸の会社で、商品企画職の求人があるのを知ったんです。東京の会社だとばかり思いこんでいたので驚きましたが、その1時間後には、エントリーボタンをクリックしていました」
ー まさに運命の出会いですね。デザインとパターン両方の経験がある方は珍しいと思うのですが、商品企画としてはまさに即戦力。鬼に金棒ですよね。
相川さん「そうですね。必要としていた人材が絶好のタイミングで入社してくれたと思いました」
ー 相川さんのお仕事と、入社の経緯も教えてください。
相川さん「私は2008年入社の古株で、今は商品企画全体の取りまとめをやっています。前職は全く畑違いなIT関連の仕事をしていたのですが、昔からの知り合いだった(ファイントラック社長の)金山から、「うちに来ないか」と声をかけてもらったのがきっかけで転職しました。
入社当時は繊維もアパレルもほとんど知識がなかったので、最初はウェブサービスや広報の仕事を担当しました。それから社内の仕事はすべて一通り経験して、アパレルに関する知識はすべて仕事をしながら身につけましたね。業界は違っても、ものづくりの仕事という面では前職と共通するところもあり、いつかは商品企画の仕事をしたいと思っていましたから、希望がかなったという感じです」
既存の成功を塗り替える、ゼロからのものづくり
ー 今回の「カミノパンツ」のアップデートは、どのような方向性で進められたのでしょう?
相川さん「一般的に、商品のアップデートには大きく分けて2種類の観点があります。"素材の変更"と"形や機能の見直し"です。しかしカミノパンツに関しては、強度や薄さなどの完成度が非常に高く、素材については変更の余地がありませんでした。であれば、シルエットや機能を徹底的にブラッシュアップしようということになったのですが、こちらも商品として完成形に近い状態で、正直何をアップデートしようかと困りました。
実際に、商品発売から10年近くが経ちますが、5年前にアップデートした時も大きな改善点が見いだせず、小改造にとどまっていました」
ー 確かに、finetrackさんのカミノパンツは製品としての完成度がものすごく高かったですよね。YAMAPとの最初の取り組みとなった「YAMAP別注カミノパンツ」も、有難いことに完売・再販を繰り返すロングセラー商品になっています。そこで、カミノパンツアップデートのためにユーザーさんへのアンケートを実施されたんですよね。
相川さん「そうです。実は、これはファイントラックとしてはとても珍しいことです。会社としてのものづくりの考えの基本に、『アンケートで聞こえるユーザーさんの声からは潜在的なニーズを見つけることはできない』というのがあるんです。自分たちで考えて、ユーザーさんにとって本当に必要なものを見つけるのが我々の仕事だと。けれども今回は、我々にとっては完成形に思えるカミノパンツにも、もしかしたら自分たちに見えていないニーズがあるのではないかと考えて、改めてユーザーさんの声を聞いてみようということになりました。
相川さん「そこで見えてきたのが、我々の予想よりはるかに多くの方が、『カミノパンツを普段履きしている』という事実でした。ファイントラックとしては、カミノパンツは山で履くためのものなので、街着に寄せる気は一切ありませんでした。しかしアンケートの結果を見て、ユーザーさんのニーズに応えるアップデートを施すことになったんです」
夏見さん「カミノパンツを日常生活で使う方がいることは想像していましたが、ここまで多いとは思いませんでした。あとは、シルエットの良さを高く評価してくださっている一方で、『もっとシルエットが美しくなってほしい』という要望が男女を問わず多かったことにも驚きました」
相川さん「それをふまえて、ファスナーやロゴの見せ方など、街履きも意識したディティールを本気で追及してみようかと。“きれいなシルエット”と、“街でも違和感のないデザイン”、この2本柱をアップデートのテーマに掲げました」
夏見さん「でも、それは口で言うほど簡単なことではないんですよね。カミノパンツはもともと細身のシルエットなので、さらに細くすればいいというわけではありません。“美しいシルエット”のとらえ方はさまざまですが、“スタイルをよく見せる”ことが重要なのだと思いました。
ただ、街着に寄せると、どうしてもアウトドアでは使いづらくなります。街着としての見た目を重視するならファスナーをとってしまえばいいけれど、アウトドアでは物が落ちてしまう危険性がある。普通に立っていてきれいに見えても、足上げが悪ければすぐにNG。裾を細くしすぎてしまうと、登山靴の上からかぶせられなくなってしまうなど、機能を落とさずに見た目を変えることの難しさを、本当に深く実感しました。
必要な条件を揃えると、結局もとのカミノパンツになってしまうんですよね。それだけカミノパンツが完成されていたということでもあるのですが、多くの制約のなかでさらに美しいシルエットを作るために、何度も何度も、試行錯誤を繰り返しました」
ー 具体的にはどのような作業で進めるのですか?
夏見さん「まずは、シルエットだけを検証するためのサンプルを、伸縮性のまったくない綿素材で作ります。ポケットや付属物を省いて、生地のはぎあわせも極めてシンプル。人の体の形をかたどるだけのものなので、シルエットがとてもよくわかります。
次に、それを実際の素材で作って履いてみます。シルエットは先に作ったサンプルと同じですが、ストレッチ性や生地の厚みなどが違うことで、履き心地や落ち感がどのように変わるかを検証します」
夏見さん「そこから、各パーツを繋ぐ縫い目を、どのようにしたらどの方向からでもきれいに見えるか、動きやすいかを細かく調整したサンプルを作ります。ポケットや付属物も付けた実際の形にいちばん近い状態。山で使うことを想定して、動きやすさや安全性などを徹底的にチェックして、問題があればもう一段階前のサンプルに戻って、検証したり作り直したりします」
ー そんなに何度もサンプルを作るのですね。その作業は誰が行うのですか?
夏見さん「ここまでは社内で私がやります。自分でパターンもひいて、ここにミシンを置いて。アウトドアの機能素材を扱うのも初めてなのに、いきなり検証作業から始まって、正直すごく大変でした。でもたくさん作ってるうちにだんだん縫うのが上手になっていくんですよね(笑)。
ただ、ここでは使えるミシンも限られているし、実際に工場で縫うのとは、仕様も仕上がりも結構違うので、次の段階では、生産現場に近い状況を検証するために、サンプル工場などで縫製します。これがなかなか思い通りにはいかず、うまくいかなかったところは、もう一度社内サンプルを作り直してという行程を繰り返します。最終的には5回以上もサンプル作成を繰り返しましたので、それが男女それぞれあると考えると、ものすごい数を作ったことになりますよね」
ー お話を聞いただけでも気の遠くなるような作業です。ひとつの製品でそこまでやるのは、正直なところ今まで聞いたことがありません。夏見さんのお話を聞いて、本当に魂の込められた仕事だなと感じました。最終的には、従来のカミノパンツをどのようにアップデートしたのですか?
夏見さん「端的に表現すると、新型カミノパンツは腰回りにゆとりを持たせ、その分膝下を細くするテーパードシルエットになっています。パッと見で一番変わったのは後ろ姿ですかね。腰回りにゆとりを持たせつつ、お尻の綺麗な立体感をどのように残すかにとにかくこだわりました。
美しく、しかも動きやすく。アウトドアで使うためのいろいろな制約をクリアするというだけでもかなりの条件ですが、それに加えて、ブランドとしてのサイズ感を大きく変えないという点でも苦労しました。たとえば、ヒップ周りのサイズは同じでも、前後左右、縦横のどのパーツで丸みを出すかで、見た目も着心地もまったく変わるし、それがパーツをつなぎ合わせて立体にしたとき、すべてに影響してくる。ようやくできたと思って実際に試すと、本気の登山で使うには「足上げが悪い」、「引っかかる」となって……。とにかくこれの繰り返しでした」
ー 完成形ができるまでにどれくらいかかったのですか?
夏見さん「8か月ですね。もちろんそれ以外の仕事もしながらですが、会社でも家に帰っても、もちろん山にいても、いつどこにいてもカミノパンツがついてくる感じでした。最終サンプルが上がってきた時には思わず涙が出ましたね」
相川さん「さすがにここまでのこだわりは、毎年のようにできるわけではありません。納得のいくものを作って数年間継続するからこそ、このやり方が成り立ちます。とはいえ、商品である以上期限もあるので、どの商品も100%完成したと思うことはありません。ものづくりで『やり切った』というのはなくて、その時点でのベストではあるけれど、もっと上があると常に考えています」
YAMAP独自の発想を盛り込んだ「カミノパンツライト」
ー YAMAPオリジナルの「カミノパンツライト」は、新しいカミノパンツをベースに、素材やウエスト、ポケットなどの仕様を変更しています。こちらを担当していただいた相川さんは、カミノパンツライトをどのようにご覧になりますか?
相川さん「YAMAPさんの要望を最大限に生かすことを中心に考えました。ファイントラックではいろいろな別注モデルをやらせてもらっていますが、ここまで新商品に近い感覚で作った別注モデルは初めてです。
基本的なパターンは新型のカミノパンツをベースにして、要望をかなえながらファイントラックとしての商品基準を提供することを考えました。オリジナルのカミノパンツがゼロからのものづくりなら、『カミノパンツライト』はプロデュースに徹したという感じ。自由な発想でたくさんアイディアを出していただいたので、そこに柔軟に対応しました。ファイントラックにはない発想だからこそ、とても面白い経験でした」
ー いろいろわがままを聞いていただいたおかげで、満足のいくものができたと思っています。最後に、ここまでの時間と労力を費やし、やっと世の中に出たカミノパンツやカミノパンツライトを、どのように使って欲しいと思いますか?
夏見さん「好きなものって、ずっと身に着けていたいものだと思うんです。実際に私もそうですから。だから、いつもつい手に取ってしまうような存在になったらいいですね。普段でも山でもたくさん使って、履いていると、次の山行が楽しみになるような存在になったらうれしいです」
相川さん「僕は山では、着るものひとつでパフォーマンスも安全性も変わるということを知っているから、山で使う服のことを、山の勝負服だと思っているんです。多くの方が街でも使いやすいと思ってくださることはとてもうれしいですが、山で使いやすいことを第一に考えてこだわって自信をもって作っているので、やっぱり山で使って欲しいと思いますね。カミノパンツライトならばロングトレイル、カミノパンツならばバリエーションルートに挑むなど本気でトライする人をサポートする一着になってくれると思います。」
ー ここまで一つの商品と本気で向き合ってものづくりができるのは、企画から製造・検証までを社内で一貫して行うことができるファイントラックだからこそ。YAMAP別注カミノパンツライトは、作り手の想いがたっぷり詰まった「つい履きたくなってしまう」パンツに仕上がりました。本日は、ありがとうございました。
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こだわりのディテールは、ぜひ商品ページでご覧ください。
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finetrack / 相川創・夏見智子 YAMAP STORE / 乙部晴佳
【夏見智子(なつみともこ)】 高校時代に洋裁の経験のある母親からスカートの型紙作成を教えてもらい、洋服の基礎を築くパタンナーの仕事に興味を持つ。デザインとパターンの両方の知識を持ち、デニムメーカーでデザイナーを、大手アパレルにてパタンナーを経験。 2020年11月ファイントラック入社。週末の遊びは登山がメインだが、最近は自転車や沢などのアクティビティにも手を出し始め、週末は5か月先までほぼ山行の予定で埋まっている。 【相川創(あいかわそう)】 2008年、全くの異業種からファイントラックに飛び込む。アウトドア商品企画をたたき上げで学び、カミナドーム、エバーブレスフォトンなどファイントラックを代表する商品の企画を手掛ける。 好きなアクティビティはバックカントリースキーと沢登り、クライミング、キャニオニングなど。 今、楽しいのは「様々なアクティビティを組み合わせて、国内外のフィールドにオリジナルのラインを描くこと」 【乙部晴佳(おとべはるか)】 アウトドアブランドのアパレルMDを経て2021年9月にYAMAPに入社。登山をメインに、スノーボードからトレイルランニングまでアウトドアを全方位楽しみながら、フィールドで得た気づきを生かして商品企画を行う。