汗冷え・低体温症から身を守る|山のお悩み相談室 Vol.4

汗冷え・低体温症から身を守る|山のお悩み相談室 Vol.4

【今月のお悩み】
「登山中に結構な量の汗をかきます。休憩中に体が冷えてしまうこともあり……、汗をかきすぎるのはよくないのでしょうか。また、汗をかいたときの注意点を教えてほしいです」

登山中の体の不調やお悩みを解決する「登山のお悩み相談室」。登山に汗はつきものですが、第4回目のテーマは「汗冷え」です。汗をかく体のメカニズムや、汗冷えを防ぐための方法など、汗にまつわるお悩みについて、医師として北アルプス三俣山荘診療所で夏山診療にも従事する伊藤岳先生にお話をうかがいました。

(監修:伊藤 岳、文:池田 菜津美)

なぜ、運動をすると汗をかくの? 発汗がもたらすもの

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汗をかく主な目的は体温調節です。汗をかき、それが乾く(気化/蒸発する)ときに、「気化熱」として身体の熱が吸収され、体温を下げるはたらきが生じます。つまり発汗は身体の冷却機能のひとつなのです。

蒸し暑い夏の登山などでは、発汗によって過度の体温上昇が抑えられ、熱中症の発症回避につながるのです(もちろん発汗による冷却作用にも限界があります)。

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一方、登山中に汗をかいたままの衣服を身につけていると、風が吹き付けるような稜線に出たり、標高が高い場所で休憩するときに、気化熱で体温が奪われ続ける状態に。この「汗冷え」は、「低体温症」になるリスクもあるのです。


低体温症は「深部体温」が35度以下に下がった状態

普段、体温を測るときは脇の下など、体の中心から離れた部分の皮膚表面の温度を測りますよね。これを「皮膚温」と言います。一方、体の内部(中心)の温度は「深部体温」といい、通常で37度前後に保たれています。
この深部体温が通常の温度域から大きく逸脱すると、身体のさまざまな機能が低下し、時には命に関わることもあるのです。
低体温症は体のしくみを支えている深部体温が35度以下に下がった状態のことを言います。

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初期症状としては寒気や体の震えが挙げられます。この震えは熱を産生して体温を上げようとするはたらきによるものです。病状が進行すると震えることもできなくなり、さらに体温が低下して意識の状態が悪くなっていきます。
こうなると、寒さを訴えていた登山者が急に座り込んで歩けなくなったり、反応が乏しくなったりするというような事態が起こる可能性が高まります。

低体温症を予防するには?

人体にはホメオスタシス(恒常性)と呼ばれるはたらきがあり、常に体内の状態を一定に保とうとしています。このはたらきによって、平時は体温も一定の範囲内にコントロールされています。体温を下げようとするさまざまな要因がホメオスタシスを越えてしまったときに、低体温症が生じるのです。

体温を下げる要因としては、①低温環境、②熱の過剰な喪失(濡れた衣類、強い風)、③熱産生の低下(疲労や栄養不足)、④体温調節機能の低下(アルコールや薬剤)が挙げられます。

①や②が登山において決して珍しくない問題であることは、容易に想像していただけると思います。これらの要因を排除することが低体温症の予防につながります。

①「低温環境」、②「熱の過剰な喪失」に関しては汗や雨などの水分が体温を奪い続けないようにレイヤリングを工夫すること防風機能や保温機能のあるウェアを適切に使用することなどが挙げられます。体表の水分を外へ逃がすドライレイヤーや、水分を含んでも体温を奪いにくいウール素材のアンダーウェアを、季節や運動量に応じて選択すると良いでしょう。また、比較的短い行動予定であっても、万一に備えて雨や風に対処できる上着を携行することもリスクマネジメントにつながります。

③「熱生産の低下」には、十分な睡眠の確保や適切な栄養補給が大切です。

④「体温調節機能の低下」については、アルコール以外にも睡眠導入剤や循環器系の薬剤が影響することがありますので、登山中や登山前に摂取・服用する際は注意しましょう。

それぞれの要因を排除するのとは別に、計画の変更や安全な環境への退避など、行動そのものの見直しを予防の一環として考えることも大切です。

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もしも低体温症になってしまったら?

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上記の①〜④の要因を踏まえて対処していきます。最大の対策は低温環境を改善すること。山小屋に避難して暖をとるのがいちばんよいですが、それが難しければ、ツェルトやテントへ緊急避難することも選択肢となります。

後者の場合で注意が必要なのが、空気中よりも地面や雪面に奪われる熱量の方が大きいということ。断熱性のあるマットなどを敷くなどして、地面や雪面からできるだけ身体を離すようにしましょう。

何らかの形で緊急避難ができれば、濡れた衣類を乾いたものに着替えることができます。また、火器や保温ボトルがあれば暖をとったり、温かい飲み物や食べ物を摂ったりして、体温の維持に努めましょう。

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早期に気づき、早期に対応。何より事前の対策を

登山中の低体温症は、早く気づいて早く対応しないと、急激に悪化して生命に関わることがあります。絶対に寒気や震えといった初期症状を軽視しないこと。また、対処を始めても状況が悪化するようであれば、計画の変更や救助要請を速やかに検討することも大切です。

そして、そのような状況にならないよう、事前にリスクを認識して、できることはしっかり対策するということを登山者のみなさんに心がけていただきたいと思います。

伊藤 岳(いとう たけし)

伊藤 岳(いとう たけし)

救急救命医 兵庫県立加古川医療センター 救急科部長 公益社団法人日本山岳ガイド協会 ファーストエイド委員 在学中に文部省登山研修所(現国立登山研修所)大学山岳部リーダー研修会三研修を修了。平成13年アイランドピーク登頂、平成21年神奈川大学山岳部チョモランマ遠征登山隊に医師として参加。平成22年より北アルプス三俣山荘診療所で夏山診療に従事。現在山岳ガイド協会では特別委員会コロナ対策プロジェクトチーム医療班メンバーを併任している。

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