荒野の原始的な生活をルーツにもつ「EXPED」のミニマルな道具作り
「EXPED(エクスペド)」はスイスを拠点にするアウトドアブランド。2023年に40周年を迎える歴史あるギアメーカーで、シンプルながらも必要な機能を備えた実用的なアイテムを展開しています。
高所登山などのアルピニズムとは一線を画した雰囲気を放っている理由はどこにあるのか、大切にしている道具作りにはどういう理念があるのかを、EXPEDブランド担当者であり、ブランド心酔者の谷島さんに伺ってきました。
ー本日はよろしくお願いします。まずは、ブランドのヒストリーを教えてください。
旅人のアンディとハイジの夫婦が、1983年にアウトドアブランドを取り扱う輸入代理店「EXPED AG」として創業したのがはじまりです。アウトドアを通して知り合った友人も増え、道具へのアイデアも高まって、1997年にオリジナルブランドとして現在のEXPEDを立ち上げました。EXPEDは、「expedition equipment(登山装備)」という意味があります。
ブランドが掲げる理念のルーツになっているのは、アンディとハイジがハネムーンで訪れたカナダで、9ヶ月間荒野の中で過ごした体験でした。必要最低限だけの道具を持ち、DIYの本1冊を頼りに木材を切り出してロッジを建設。食糧もできるだけ自分たちで調達し、自然と一体になるほどの原始的な野外生活だったようです。
ー野外生活が原点なのですね。
そうなんです。野外生活においての道具の大切さや、見栄えは”汚い”けど最低限の物事は機能してくれる”素早さ”を実現する「”Fast” and ”Dirty”」の考え方が、EXPEDの道具作りの根幹に繋がっています。
過酷なフィールドで過ごすために必要な機能を第一に考え、まずはじめに作ったのは、テントとシュラフのスリーピングギアでした。そこから広がっていき、今ではエアーマットやハンモック、バックパックなどのギア、枕やスタッフバッグなどの小物までの製品を作っています。
ーエアーマットの印象が強かったのですが、なぜ最初はテントだったのでしょうか。
過酷ながらも充実していた荒野での野外生活から「居住空間の大切さ」を体験していたからですね。野外生活のスタートも、斧とノコギリを持って自分たちで、なにもない荒野に丸太小屋を立てるところからでした。
「最小限の道具で最大限のアウトドア体験を」
ー荒野での体験から生まれた「理念」とはなんだったでしょうか?
「最小限の道具で最大限のアウトドア体験を」です。
旅人であるアンディとハイジの究極の目標は、自然への謙虚さと絶対的な孤独の中で自分自身を見つめ、自然と一体になることです。道具は増えれば増えるほど複雑になることも野外生活の中で学んだ彼らは、できるだけ少ない道具で、より多くの知識やスキルで補ってアウトドアを楽しむことを大切にしています。
製品アイデアに行き詰まったり、問題が発生したら、まずこの考えに立ち返って道具作りをしています。そのため、EXPEDはシンプルでミニマルなデザインのアイテムが多いんです。だからこそ、使い手のアイデア次第でカスタマイズできるのがおもしろいポイントなんですよね。
ー確かにEXPEDの製品はシンプルながらも工夫が詰まったアイテムが多い印象です。そのなかでも、EXPEDを象徴するようなアイテムは何でしょうか?
やはり、ダウン入りのエアーマットでしょうか。快適な睡眠も居住空間の大切さですからね。
地面からの冷気をしっかり断熱しながらも、できるだけ軽くシンプルに。そこで、開発したのが世界初のダウンマットでした。画期的で斬新なアイデアに注目が集まったので、世間ではEXPED=エアーマットのイメージが強いのかもしれませんね。
ダウンだけではなく、シーズンに合わせたマットの断熱効果を選択できるように、化繊綿入りのエアーマットや、保温素材が入っていないエアーマットも展開しています。
化繊綿入りでも軽量コンパクトなエアーマット「Ultra 3R」
「Ultra 3R」は、化繊綿が封入された3シーズン対応のエアーマットです。465g(M)の軽さで-5℃まで対応できるんですよ。夏のアルプス縦走などの登山だけでなくバイクパッキングやキャンプなどにも使えます。荷物をより軽くしたい方には、頭と足元のサイドをカットしたマミー型がおすすめですね。
タテ方向のバッフル構造がEXPEDのエアーマットの特長です。溝に身体が少し沈んで包まれるような寝心地なので、マットと体がズレにくくなります。寝返りをうってもいつのまにか地面に落ちてしまうこともないため、快適に眠り続けられますよ。
収納時のサイズは1Lペットボトルほどです。
付属しているポンプバッグを利用して2〜3回ほど空気を入れると、簡単にあっという間に膨らみます。口で膨らませるよりも圧倒的に早くて楽ですね。じつは、口で空気を入れると息の湿気で、カビや劣化の原因になるんですよ。ポンプバッグで入れると、早いし、楽だし、清潔だしで一石三鳥ですね。
ーエアーマットは暖かくて軽いといった利点もありますが、正直なところ穴あきの心配がありますよね…
そんな方のために、アイテムをご購入いただいてから5年間は、製造上の欠陥による不具合であれば保証します。
また、当て布と接着剤をセットにしたリペアキットを商品に付属しているので、穴が空いた場合はご自宅で対応いただけます。ただ、針の先ほどの空いた穴を見つけるのは、なかなか難しいものです。その場合は有償となってしまいますが、自社工場で修理対応します。
〈 EXPEDのマットシリーズ 〉
使い手次第でカスタマイズが可能な遊び心あるバックパック
ーYAMAP STOREでは、バックパックと収納系バッグも人気ですね
ありがとうございます。バックパックや小物はシンプルなデザインとシックなカラーリングが、いまの登山者に受け入れられているんだと思います。SNSなどで口コミが広がり、少しずつ知っていただけるようになりました。
自分好みにカスタマイズできる軽量バックパック「Lightning 」
なかでも、世界的にも好評をいただいているバックパックが2013年頃にリリースした「Lightning (ライトニング)」です。サイドからフロントにかけてイナズマ型に配したコンプレッションベルトなど、他にはない見た目のインパクトも人気ですね。
好みに合わせてトップクロージャーのシステムも、ベルトを取り外したりして3タイプに変更できます。そういったカスタマイズ性も遊び心をくすぐられちゃいます。
UL系バックパックのように軽量なのに、T字型に入れたアルミフレームの背面システムのおかげで、しっかり安定した背負い心地です。
背面長サイズも簡単に調整できるので、自分の身体に合わせてフィットさせられます。女性モデルも展開しています。女性の身体に合わせて、ショルダーハーネスとヒップベルトを専用に設計しているんですよ。
別売りになってしまいますが、フロントのアタッチメントループに「フラッシュパックポケット」という関連ギアを装着することで、容量を増やせます。脱いだジャケットをさっと収納したり、濡れてしまったものを分け入れておくのに便利なんです。
ー軽いバックパックは、パッキングが難しいですよね。
きれいにパッキングするのにはコツがあるんですよ。本体生地がやわらかいので、形が浮かびやすいコッヘルなど固い道具の間に、ウェアなどの柔らかいアイテムを緩衝材のように入れると形を整えやすくなります。バックパックの中で荷物が暴れにくくもなるので、背負い心地も安定しますよ。
ミニマルデザインの防水バックパック「Black Ice 30」
「Black Ice 30(ブラックアイス 30)」は完全防水のアルパインパックです。登山とかアルパインクライミングだけではなく、防水対策が必要な沢登りや渓流釣りなんかにもいいですよね。
すっきりとしたシンプルなデザインですが、地図などを入れるのに便利なアウターポケットや、工夫次第でトレッキングポールを取り付けられるアイスアックスループとデイジーチェーンなどの便利な機能も備えています。
ウエストベルトが取り外しできるので、僕は街でもよく使っています。しとしと降り続ける梅雨や突然のゲリラ豪雨にも安心なんですよ。
完全防水なので、バックパック内の防水対策を考えなくていいのは楽ですよね。スタッフバック分の重量も削って軽量化できます。本体内側の生地が明るい白色で、中身を確認しやすいのもポイントです。
デイジーチェーンに別売りの「メッシュヘルメットホルダー」を装着すると、ヘルメットを外付けできます。岩稜帯歩きにはヘルメットが必要ですが、収納場所に意外と困るんですよね。四隅は長さを調整できるアジャスターベルト仕様のため、しっかり固定できます。ヘルメットが必要ない登山では、アウターシェルなどをはさんでおくのにも便利なアイテムです。
豊富なサイズ展開のある収納バッグもEXPEDの強み
ー収納バッグは種類もサイズも豊富で、荷物の分け入れに便利で愛用しています。
うれしいですね。薄くて軽いタイプ、タフで安心感のあるタイプ、中身が見えて使い勝手がいいタイプなど用途に合わせて選んでいただけるよう展開しています。収納バッグを使って荷物を分けておくと、パッキングもしやすいですし、テント内でも荷物が整理しやすくて快適な空間になりますよね。
小物の収納に便利な防水オーガナイザー「Vista Organiser」
半透明の生地で中身を確認しやすいオーガナイザーです。なにかを探して開けたり閉めたりする手間がなくなるのは、いいですよね。縫い目はシームされていて耐水性が高いので、濡らしたくない本や常備薬、濡れてしまいがちな洗面用具を分け入れるのに便利ですよ。
ミニ、A6、A5の3サイズ展開で、とくに人気なのはA6サイズです。大きさもちょうどよく、一番汎用性が高いサイズですね。
この組み合わせでほぼすべてカバーできる防水バッグセット「Fold Drybag XS-L STD 4 Pack」
XS(容量3L)、S(容量5L)、M(容量8L)、L(容量13L)の4サイズがセットになったコストパフォーマンスのいい防水バッグです。丈夫なナイロンタフタ生地を使っているので、耐久性もあります。最近は生地が薄いスタッフバッグが多いなか、ほどよい厚みに安心感があるということで根強い人気があります。
XSサイズにはタオルやモバイルバッテリーなどのガジェット類、Sサイズには着替えや防寒着、Mサイズには食糧、Lサイズにはシュラフと、テント泊登山などで濡らしたくない道具はひと通り収納できます。
ー便利で快適になりそうなアイテムがたくさんありますね。ブランドコンセプトにもある「道具は増えるほど複雑になる」というのにすごく共感できますが、谷島さんは「最小限の道具」をどのように考えているのでしょうか?
自分が求める快適さをキープしながら、山や旅を楽しめるだけの道具を選択することだと考えています。それをできる知識や経験も大切です。
僕は、はじめは重量を極限まで削ったULハイカーでした。たしかに軽いのは楽になっていいんですけど、あるとき快適さや遊びも重要だなって気づいたんです。ただ単純に道具が少なければいいというものではないんですよね。
EXPEDが見据える未来
ーアイテム展開は創業時から比べて多くなりましたが、今後のEXPEDはなにを目指していくのでしょうか
環境に配慮した道具作りにはかなり前から力を入れています。リサイクル素材の採用、サステナブルな道具作りのためのブルーサイン認証の取得、温室効果ガスを実質ゼロにするクライメイトニュートラルの実行と、数え上げればきりがありませんが、持続可能性を意識した環境配慮に取り組んでいます。
そこには、やはり創業者のアンディとハイジの荒野での体験がブランドの根幹にあるからです。9ヶ月の野外生活から去るときに、滞在の痕跡を残しませんでした。自然と人間が共生するためにも、環境へのインパクトは最小限にするという考えからです。
自分たちがフィールドにしている自然に敬意を払いながら、気持ちよく楽しく心置きなく遊びたいですよね。
谷島 啓介(やじま けいすけ)
2019年よりEXPEDブランドのMDとして従事し、日本での普及に向けて日々邁進中。EXPEDの理念に深く感銘を受け、山中心の自身のアウトドア体験にも広く落とし込んでいる。