登山ガイドに聞く、山道具の選び方|登山初心者に知ってほしいオススメ山道具とその理由を解説
山道具を新調する際、何を基準に選んでいますか?参考にしているものや人、意見はありますか?季節ごとにNEWモデルが発表され、溢れる情報の中からいったい何を選んでいいのか迷ったとき、日々山に入っているプロのガイドさんに聞いてみるのもいいかもしれません。
そこで、九州を中心に、北海道から北アルプスまで全国の山をガイドし、3日に一度は山に入っているという登山ガイドの安武秀年さんをYAMAP STORE福岡店に店にお呼びたてすることに。山道具を選ぶコツやオススメの山道具を、登山ツアー中に見かける事例を交えてアドバイスいただきました。
登山ガイド
安武 秀年(やすたけ ひでとし)
くじゅうが好きで、システムエンジニアとして、くじゅうに関わる仕事に携わっていたところ、ガイドの手伝いを依頼され、参加者の喜ぶ姿を見てガイドの魅力に気づき資格を取得。システムの仕事も継続中だが、ほぼくじゅう関連。法華院温泉山荘のWEB作成やイベントも多数企画。くじゅうの手ぬぐい、ステッカーなどを作るtettoにて、くじゅうの魅力を発信中。年間120日、3日に1度は山に入る自称晴れガイド。登山ガイド歴12年。
登山靴は、登る山に合ったものを揃えよう
「登山靴は、目標の山を見据えて選ぶのが吉」
二つの履き分けは、厳密にいうと山に慣れているいないに関わらず、ルートの状況、歩く時間、担ぐ荷物によって変わってきます。初心者の人が初めて登山靴を購入する際、手を出してしまいがちなのが、1万円強〜1万5千円くらいのやや中途半端な値段のもの。最終的にはどこに登りたいのか、目標の山を決めて購入することをお勧めします。
低山のような歩きやすい山では、ローカットで比較的ソールが柔らかい靴の方が歩きやすいでしょう。ハイカットやソールが硬い靴は、車道歩きなども含む行程には不向きで、逆に疲れてしまいます。必ずしも「ハイカットの靴でないといけない」なんてことはないので、最初は低山やハイキング程度しか行かないという方であれば、ローカットの靴をお勧めします。
低山やライトハイク向けの登山靴
ハイカットは足首を支えてくれるので、岩がゴロゴロしているようなガレ場を歩く時は疲れにくく、捻挫を防いでくれます。また、いつかはテント泊で北アルプスに登りたいとか、屋久島を縦走したいと思っているのであれば、ザックの重量も重くなってくるので、ハイカットでソールが固いものを最初から持っていた方がいいのではないでしょうか。重い荷物を担いで岩場を歩けば、その重さ分の負担が二本の足にかかってくるので、靴のソールはとても重要です。
ざっくり分けると、日帰りしかしないのか、泊まりの山行をしたいのか、泊まりであれば小屋泊なのか、テント泊なのかでも違ってきます。週1ペースで山に登るような人であれば、ローカットとハイカットの両方を揃えて使い分けた方が楽に登れるし、さまざまな山を快適に楽しめると思いますよ。
本格登山向けの登山靴
山の大敵は「濡れ」と「風」。初心者に知っておいてほしい対策法
真夏の登山は気温が高くなるので、どうしても汗や暑さをカバーすることに気が向いてしまいがちです。しかし、山では天気がコロコロ変わります。登山での一番の大敵は、季節を問わず「濡れ」と「風」です。特に標高が高くなればなるほど、濡れることは命の危険にもつながります。
森林限界を超えたエリアで雨に降られてしまうと、雨風をしのげるものは何もありません。樹林帯の中であっても、濡れた草木の露でウェアが濡れてしまうリスクをケアする必要があります。
初心者の方でよく見かけるのが「私は日帰りしかしないし、晴れた日しか登らないので、レインウェアは持っていない」という人。レインウェアは雨を防ぐだけでなく、防風と防寒、両方の役割を持つ必須アイテムです。コンパクトなものを常にザックの中に入れておくと、いざというときにも便利ですね。
軽量&コンパクトなレインウェア
「『濡れ』は中と外からやってくる!対策は万全に」
降雨時は湿度も高い環境なので、行動中にかく汗などによって、内側から「濡れ」が発生してしまうリスクがあるんです。また、雨具を着ていてもわずかなウェアの隙間からウェアが濡れてしまうこともあります。
体が濡れてしまうと、濡れていないときと比べて20倍の速度で体温は奪われていき、夏でも低体温症になる危険性があります。
汗や雨による内側からの「濡れ」。それによって起こる「汗冷え」の対策にはドライ系アンダーウェアを着用します。保水性のない素材を肌に触れるように身につけることで、発生する汗や水蒸気を身体から引き離し、皮膚をドライな状態に保ってくれる優れものです。
ドライ系アンダーウェア
「『濡らさない』だけでなく、『濡れたらどうするか』も重要」
濡らさない対策をどれだけ行っても、予測不可能な厳しい自然のなかに身をおけば、 不測の事態で濡れてしまうことはあるでしょう。そんなとき、どう対応するかも非常に重要なポイントです。
なんとか小屋に避難したとしても、濡れたウェアのまま体だけ拭いていては、体の震えは全く止まりません。ウェアが濡れてしまったときは、すべてを着替えましょう。この「すべて」というところが重要で、Tシャツなど、上だけ着替えても意味はありません。アンダーウェアなども含め「下着からすべて着替える」必要があります。
まず、濡れたウェアと下着を脱いで、タオルで体を拭いてから乾いた下着に着替えましょう。そうすると、嘘みたいに体がポカポカしてくるんです。一つでも濡れた物を残していると、そこだけ冷えてしまいます。繰り返しになりますが、濡れたものは「すべて」着替えましょう。
「いつ何時も、着替え一式を防水バックに忍ばせて」
「すべて着替える」ということを考えると、荷物は重くなるけれど、着替え一式は用意しておくことが重要です。雨具を着ていても濡れるようなときは、大抵ザックの中も濡れてしまいます。そこで大事なのが、着替えを防水性のあるスタッフバックに入れておくこと。いざ着替えようと思ったら「着替えも濡れてしまっていた」ということがあっては元も子もありません。
また、ときどきスーパーのビニール袋に入れている人もガイド中に見かけますが、山小屋で早朝に出発する際、それだと準備中にシャリシャリと音がして、まだ寝ている人の迷惑になってしまいます。スタッフバックだとそういう心配もないので、なるべくビニール袋を使わないようにしましょう。
心配ごとは「濡れ」だけではありません。晴れの日の登山でも、「風」対策はマスト。登りでどっさり汗をかき、稜線に出たとたんにものすごい風に吹かれれば、汗で濡れたウェアに一気に体温を奪われます。そんなときは、稜線に出る前に風除けのウィンドシェルやレインウェアを羽織りましょう。
スタッフサック付きやパッカブルのコンパクトなモデルであれば、バックパックのなかでも場所を取らず、ストレスなく携行できます。
吹き下ろす風から身を守るウィンドシェル
荷物は多すぎても少なすぎてもNG!効率のよい荷物の持ち方
ファーストエイドキットなど、絶対に削れない装備はありますが、荷物が無駄に重くなると、余分に疲れるし、それが怪我のもとにもなりかねません。集中力も切れてしまいます。
余談ですが「魔の14時」って知っていますか?登山中に一番怪我が発生しやすいといわれている時間帯が14時前後なんです。登りで体力を使い過ぎたために、下山時には集中力が途切れ、登りの疲労が溜まって足が上がらなくなってくることなどが原因です。上りと下りで怪我をする割合は3対7と言われています。
ちなみに僕はツアー中に「はい14時です。今から絶対転びますから、転んで尻餅をついた人は、下山したらみんなにソフトクリームを奢ってください」と言うようにしていて。そうすると、ほとんどの人が注意して歩き出すので転ばなくなります(笑)。
「『持ちすぎ』をなくすために、『持って行く』山道具」
話を戻しましょう。過剰な荷物は転ぶリスクを高めてしまうため、適切な装備で登る工夫が必要です。たとえば、水。登山時に必要な水の量を計る計算式があるので、それを目安に計算してみましょう。
登山時に必要な水の量を知るための計算式
体重(kg)× 歩行時間(h)× 5 = 登山に必要な水分量(ml)
例)体重50kg×6時間×5=1500ml
この数値の前後の量を持つのは問題ないですが、その倍も持つ必要はないですよね。渓谷沿いなどを歩くコースであれば、浄水器があれば山で水を確保できるので、その分荷物を減らせます。万が一の遭難時などに備えて、浄水器はファーストエイドキットと一緒に常にザックに入れておくといいのではないでしょうか。
「万一のときの非常食は、それだけ分けて持っておこう」
また、行動食を持ち過ぎている人もいます。東北から九州の山のツアーに来られていた方が、途中でリンゴをむき始めたこともありました。人にあげるためにたくさんおやつを持って来ている人もよく見かけます。それはそれでいいのですが、あまり重くなり過ぎないようにほどほどに。
それでいえば、非常食は別で分けて持っておくことも大事です。非常食はファーストエイドと同じように考えてもらうとよくて、もしもの時のために常にザックに入れておくものです。浄水器と一緒に、ファーストエイドキットの中に常備しておくといいですね。ジェル系やアルファ米など、軽くて賞味期限の長いものがおすすめです。
「同じ機能のものは持たないように」
これもツアー中に実際あったことなんですが、日帰りの低山で、歩行時間が5時間ほどの山でだったんですが、他の人は20リットルくらいのザックで来ているのに、一人だけ40Lくらいの大きなザックがパンパンになっている人がいたんです。何が入っているのか聞いてみると、防寒着を何枚も入れていたんですね。フリースが2枚にダウンジャケットも入っていました。しかもどれも分厚いもの。
寒いからと言って保温機能を持ったウェアをいくつも持っていても、その上に風を防ぐジャケットがないと意味がありません。同じ機能のものをいくつも持っていないか注意しましょう。そしてウェアや道具を新調する際は、なるべくコンパクトで、軽い物を揃えるようにすると荷物を減らすことができます。
防風/保温を同時にこなす防寒着
「多用途に使えて汎用性のある道具を持って、荷物を減らそう」
エマージェンシーシートを携帯する人もだいぶ増えてきました。でも、よくある安価なアルミの薄いシートは、一度使うと再利用できないので、なかなか気軽に使いにくいし、実際に使ったことのある人は少ないんじゃないかと思います。
この「エスケープライトヴィヴィ」は、エマージェンシーシートとしての機能はもちろん、寒い時期はシュラフカバーとして保温性を上げたり、結露したテントからの濡れを防ぐためにグランドシートのようにマットの下に敷いたりと、多機能に使える優れもの。繰り返し使えるのも嬉しいポイントです。
エマージェンシーの道具でも、ザックに入ったままで一度も出したことがないものよりも、いろんな用途に使えるものの方が格段に出番は多くなるし、日頃から使い慣れていると、いざという時にもすぐに頭に浮かんでサッと取り出せると思います。
道具の整理整頓が命を救う?「取り出しやすい」を追求しよう
「スタッフバッグを駆使してパッキング上手に」
泊まりなどの荷物が増える山行の場合、パッキングする際に、スタッフバックの色を中に入れるもののカテゴリーごとに色分けしておけば、出す時にスムーズに取り出せます。たとえば、ファーストエイド・ウェア・行動食はそれぞれこの色!といったように決まっていれば、ザックの中からその色を取り出せばいいんです。
カテゴリーで色分けをしたら、ザックに入れる定位置を決めておくと、パッキングもしやすいし、取り出す時もサッと取り出せます。軽いものは下、重いものは背中側というように、バランスを考えながら決めていくといいでしょう。また、ごちゃごちゃした小物などは、メッシュのスタッフバックに入れると、中が見えて整理しやすくなります。
「『面倒臭い』を防ぐことが安全につながる」
行動食をザックの奥底に入れていて、出すのが面倒で結局あまり食べなかったという人も見かけます。2009年に起きた北海道・トムラウシの遭難事故でも、行動食を全く食べていなくてエネルギーを消耗し亡くなった人もいました。低体温症になると、思考能力が低下して余計に正常な判断ができなくなるんですね。
また、みんなと一緒に行くとき、待たせるのを気にしてなかなか取り出せないこともありますよね。そういうときは、行動食をサコッシュに入れてすぐ手が届くようにしておけば、歩きながらでも食べられて安心です。
山小屋などでザックを下ろした後も、サコッシュがあれば貴重品を手放すことなく持ち歩けます。スマートフォンや地図を入れておけば、行動中に常に現在地などを確認することもできます。YAMAPを起動させているけれど、行動中全く見ていない人もいますよね。ホイッスルも入れておくと使いたい時にすぐ使えますし、最近では消毒用のアルコールを入れておくのもいいかもしれません。サコッシュは、ザックを下ろす煩わしさを解決してくれる、重要なアイテムなんです。
山歩きの相棒サコッシュ
ガイドとして、登山初心者のみなさんに伝えたいこと
たとえば山のウェアは、普段着に比べると割といいお値段です。初心者の方は、どうしてもその値段に躊躇してしまって、最初は安くて中途半端な機能のものを買ってしまうことが多いと思うんですよ。いまいち気に入ってなくても、安いからといって買ってしまったものって、着てて楽しくないですよね。
でも、自分の気に入ったものを揃えることで、快適で楽に登れますし、それを着て山に登るのが楽しくなります。しかも、メンテナンスをしっかりしておけば、普段着よりもずっと長持ちしますしね。
値段に左右されず、自分の好きなもの、機能的に優れたものを選べば、登山も長く楽しく続けられますよ。靴もウェアも道具も、周囲の山に慣れた人や、YAMAPのレビューをよく見て、中途半端で気に入らないものに手を出さないよう、山道具の買い物を楽しみましょう。
フリーライター
米村 奈穂(よねむら なほ)
幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経てフリーに。九州の登山WEBサイト、山學舎などで活動中。