小さな気づきがもたらす山道具の理想形。ガレージメーカー「OGAWAND」のものづくり哲学

2013年にブランドを立ち上げ、UL(ウルトラライト)ハイク、ガレージメーカーシーンの黎明期を牽引してきた「OGAWAND(オガワンド)」。独自の視点によるユニークな機能や”兼用”することによる軽量性など、代表をつとめる小川隆行さんのものづくり哲学が存分に盛り込まれた製品はコアなファンを集めてきました。そんな「オガワンド」のプロダクトの裏側を深掘りしていきます。
(インタビュアー:乙部 晴佳、記事 / 写真:小林 昴祐)

—まず、小川さんと登山、アウトドアの関わり、ブランドのバックグラウンドをお伺いしたいです。

小さな気づきがもたらす山道具の理想形。ガレージメーカー「OGAWAND」のものづくり哲学

高校でワンダーフォーゲル部に入部したのが山との最初の接点ですね。部活では、テントの建て方や米の炊き方といったアウトドアのスキルを一通り教えてもらいました。アルプスにテントを担いで登りましたし、奥多摩や秩父の山にも行きました。でも、まだ若かったこともあり、山の楽しさのほんの一部分しか、わかっていなかったと思います。

高校卒業後はアウトドアから遠ざかってしまいます。大学は美大だったのですが、インテリアのデザインを学び、卒業後は設計事務所に勤めていました。4〜5年働いてからフリーのデザイナーとして活動していたのですが、平行してアウトドアショップでアルバイトをはじめました。

そこでバイト先の人と山に行くようになるのですが、ちょうどその頃にハイカーズデポ(東京三鷹市にあるアウトドアショップ)の土屋さんがUL(ウルトラライト)を日本に紹介しはじめて、自分でも取り込んでみたんです。

小さな気づきがもたらす山道具の理想形。ガレージメーカー「OGAWAND」のものづくり哲学ウルトラライトを取り込み始めた頃(手前のツェルトが小川さん。2011年、大晦日の奥多摩小屋にて)

アウトドアショップでは、裾の丈詰めや修理などでミシンを使う機会があって、まずは「ミシンが使えるなら、自分もギアの改造をしてみよう」と。ただ、ギアの改造だけでは大きく軽量化することはできませんでした。そうするうちに、SNSやブログを通して材料が手に入ることがわかるようになり、「自分でも作れるのでは?」という意識を持ちはじめるようになりました。

実家に眠っていたミシンを引っ張り出し、自分でやり始めたのが26〜28歳くらいの頃ですね。アウトドアショップでも空き時間や閉店後にミシンを借りて、売り場にある商品を観察しつつ、縫い方などを学習しました。

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—アウトドアショップにはさまざまな登山道具が並んでいますが、「自分で作りたい」と思った製品はありますか?


アウトドアショップで働いていて疑問に感じていたのは、バックパックひとつのモデルに、3つくらいサイズがあること。容量の違いで小型、中型、大型とサイズがあったりしますよね。もちろんその必要性は理解していましたが、行く山に合わせて、たくさんバックパックを用意しないといけないことに不満を感じていたんです。日帰りでも、泊りでも、気に入ったひとつのバックパックで済ませられたらいいのに、という思いで開発したのが、ロールトップで容量を変えても背負い心地のいいバックパック「OWN」というモデルです。

当時、ULハイクのメソッドのひとつに「MYOG(Make Your Own Gear)」と呼ばれる「自作」の文化が盛り上がっていて、自分以外にも、作ったものをツイッターや、ブログで紹介している人やブランドが存在していました。

そういう仲間たちと道具を見せ合ったり、意見交換をしたり、当時はほんとうに小さなオフ会みたいな感じで交流をしていました。マイナーというか、サブカルチャーのようなムーブメント。深夜番組みたいな感じですよね。このときのMYOGは、本当に自分が欲しい、必要なものだけを作るという動きでした。

ハイカーズデポのMYOGパーティーハイカーズデポのMYOGパーティーのようす

で、そういう人たちが集まって「道具の見せ合いっこ」をしようよという話になったのですが、その場に土屋さんがいて「ハイカーズデポでイベントをやらないか?」と。「どうして作ろうと思った」とか、「工夫点はどこだ」とか、MYOGをやっていた人を10人くらい集めて品評会を開催することになったんです。

まだ「オガワンド」がはじまる前で、参加者にも同じような境遇の人たちがいました。みんなで各々のギアを見せあい、観客にプレゼンをして、最後に全員で人気投票をしたのですが、自分の作ったバックパック(後の「OWN」)が、なんと投票1位になったんです。これは自分にとって大きな転換点でした。

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—参加者が投票した、魅力に感じたのはどのようなところだったのでしょうか。


おそらく、多くの道具に特定の目的があって、機能や設計にフォーカスして作ったものだったと思います。だからどれも完成度が高かった。僕が作った、そのバックパックは目的を何かに限定せず、山での遊び全体を考えていたんですよね。

そういうところで、人とはちょっと違った、その先の広がりがあったんだと思います。MYOGはひとつの課題を解決する手段として使われることが多いのですが、MYOGにより道具の幅や、可能性が広がるということを、うまく伝えることができたんだと思います。

「オガワンド」を立ち上げたのは、イベントから1年半後くらいだと思います。工房兼ショールームとなっている「MT.FABs」を、同じくガレージメーカーの「WANDERLUST EQUIPMENT」と一緒にスタートさせました。

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—ブランドの立ち上げ時、アイテムはどのようなものからはじまったのでしょうか?


「OWN」「ティッシュケース」「スタッフバッグ」の3つです。ティッシュケースは、収納面が2つあって、2種類のティッシュを使えるようになっています。一般的なポケットティッシュのほかにウエットティッシュをひとまとめにできるものです。「ちょっとした工夫で便利になる」というオガワンドのコンセプトの典型的なアイテムです。

スタッフバッグは底が楕円形になっているのが特徴です。ULのバックパックの多くはフレームを内蔵していないので、内部に隙間ができると背負いにくくなってしまいます。スタッフバッグのほとんどは細長い形状のものが多いのでバックパックのなかでパズルのように収納していく必要がありました。そのため、家でやるときはきれいにパッキングできるのですが、フィールドでやりなおすと崩れてしまうことがよくありました。

「荷物は変わらないのに、なぜだろう?」と考えたときに、スタッフバッグが楕円形であれば隣り合ったときにデッドスペースができにくいことに気づきました。軽いULバックパックにも相性がよく、パッキングのしやすさが向上しました。

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もうひとつ、スタッフバッグのポイントはコードの引き手のパーツ。平たくなっているのでつまみやすい。こういう小さな気づきを拾って製品化するように心がけています。ちょっとしたことで、道具がすごく便利になるんです。

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—YAMAP STOREではボトルホルダーの取り扱いがはじまります。どのようなアイテムかご紹介いただけますでしょうか?


「ボトルホルダー」も、市場にはすでにあるアイテムです。「オガワンド」としてこだわったのは、「フィールド上でも装着、付け替えが簡単にできること」「ボトルの出し入れが片手でもしやすい こと」「軽量で揺れにくいこと」。

生地はX-Pacを使用しています。軽量なだけでなく、適度なハリがあるのでボトルの出し入れがしやすくなっています。また、背面には5mm厚のパッドを入れていて、形状の保持とスムーズなボトルの出し入れを可能にしています。

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「Annex Clip」と呼ばれるパーツを使用することで、任意の場所に簡単に取り付けることが可能です。シンプルなタイプのウエストベルトであれば腰に装着することもでき、山行中に使い方を変更できる手軽さが魅力ですね。ザックを置いて、サコッシュだけで山頂にアタックするようなシーンでも、付け替えが簡単にできます。

名前がドリンクホルダーとなっていますが、行動食やサングラス、コンパクトデジタルカメラといったアイテムの携行に活躍します。

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開口部にはショックコードを配し、指1本でテンションを掛けることが可能。一方、コードロッカーを押しながら縁を引っ張れば簡単に緩めることもできます。コードには熱収縮チューブを当てて形状を保つようにしています。こういった形状の引き手は既存のパーツにあるのですが、重くなってしまうので自分で作っています。片手で出して、片手で入れて、片手で絞れるよう、使いやすさを心がけました。

—これから作りたいものはありますか? ガレージブランドだと、ひとりで開発と生産をしなければならないという難しさもあると思います。


一時期は、新しい製品を連続して出したときがあったんですけど、製作に手が回らなくなってしまって。あんまり広げすぎてもダメだなって気づきました。でも、自分で作るのもやっぱり好き。もちろん新規開発もしていかないといけないので、一緒に作ってくれる人を交えて生産体制を整えるなど、バランスを取っていっています。

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新しい製品のアイデアなのですが、これは円形のコルクのシートで、ちょっとしたテーブルやシート代わりになるものです。スタッフバッグの底と同じ径になっていて、お皿みたいに使うのはどうかなと。コッヘルやカトラリーを地面に置くと泥がついたり、汚れてしまったりしますし、雪の上であれば滑ったり、冷たくなったりしますよね。そういった気づきを製品として試作しているものです。

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—2013年に「オガワンド」を設立して、8年目。ものづくりをする上で大切にしていることは?


自分が考えることは、きっと誰しもがもう、うっすら気づいていることだと思っています。本当の意味でのオリジナルというのは、もうこの世の中には存在しないんじゃないでしょうか。でも、大事なのは、それをどう具現化し、表現するかなんだと思っています。また、なんでもかんでも機能を盛り込むのではなく、ちょうどいい「落としどころ」を見極めるのも大事です。

道具に使われるのではなく、道具を使うこと。道具は便利だけど、自分で考えて、自分で選択して、その結果を受け止める責任だと思うんです。それは、実際山に行くとき、日程を決めて天気を見て、どうしようかなと、自分で考えてこなしていくのが楽しいことと一緒。道具であっても、その考えはあてはまると思います。主役はあくまで使う人。どんなふうに使うかどうかも人次第。山によっても変わるでしょうし、自分が作るギアには、ユーザーがアレンジできる「余白=自由度」を残したいと思っています。

自分自身、なにか特定の目的がある専用の道具が最も優れていると思っていますが、それは一方で他のことに使えないという不自由さもあります。ユーザーの用途に応えたいという思いもありつつ、しがらみを持たせたくないとは思っています。何より自分がそういった道具が大好きなんだと思いますw これもボトルホルダーと呼んでいますが、サングラスを入れてもいいし、行動食を入れてもいい。ユーザーが考えて使ってもらえる道具を作りたいと考えています。

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—今後、「オガワンド」としての展望はありますか?


もうちょっと発信に力を入れていきたいですね。道具に限らず、フィールドのことをもっと発信していきたい。コロナウイルスが蔓延する前に、海外の山にも行っていましたが、そのたびに日本の山の素晴らしさを再認識します。自分としては、自然が多くて水がきれいなところが好き。日本の山って都会から近い割に自然が豊かで、全国あちこち行くと、その豊かさに気づきます。

登山というと、やはり夏はアルプスが人気ですが、関東圏だけでも秩父や奥多摩、丹沢もそれぞれ雰囲気が全然違いますし、日本の山の魅力ってたくさんある。その多様な山の姿があるなかで、こういう道具が、こういう使い方がいいということを発信していきたいですね。

小川 隆行(おがわ たかゆき)

小川 隆行(おがわ たかゆき)

1976年生まれ、埼玉県出身。「自然の中でのアクティビティをもっと楽しみたい」そんな人達のためのアウトドアギアを制作することをテーマにガレージメーカーOGAWAND(オガワンド)を設立。登山を中心に、渓流釣り、テレマークスキーなど、1年を通して山に通うことから生み出される独創的なアイデアとギミックを駆使した軽量な道具は、若年層から中高年まで幅広く人気を集めている。東京江戸川橋にガレージメーカーが集う工房兼ショールームのMT.FABsを共同主催。

    紹介したブランド

    • OGAWAND

      OGAWAND

      使いやすくシンプルな道具でもっと自由に。「自然の中でのアクティビティを...

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