「皮」が「革」になるまで ~ 皮なめし工場 / タツノラボ
兵庫県たつの市に工場をかまえる「タツノラボ」。野生動物の皮革「ジビエレザー」を中心に取り扱う小さな皮なめし工場です。YAMAPの「めぐるしか」プロジェクトのレザーアイテムの革は、すべてタツノラボさんで製造していただいています。
「めぐるしか」プロジェクトでは、野生の鹿革を使ったレザーアイテムを通して、自然や命を考えるきっかけを作りたいと考えています。
しかし、野生動物はからだの大きさや健康状態などの個体差が激しく、その皮革を製品化は一筋縄ではいかないのも事実。このプロジェクトの実現には、狩猟からお客様の手元に届くまで、関わる全ての人々や企業の「理解」と「協力」が不可欠なのです。
製造にご協力いただいた「タツノラボ」さんは、どんな想いで皮革や命と向き合っているのでしょうか? 今回はそんな作り手の想いを取材すると同時に、「めぐるしか」レザーアイテムが出来上がるまでのプロセスを追っていきます。
(取材・記事:豊島七海、写真・動画:古江優生)
そもそも「なめし」とは?
動物の皮を「素材」に変える、皮革製品で最も重要な工程
みなさんは、「鞣し(なめし)」という言葉を知っていますか?
聞いたことはあっても、その意味や具体的に何が行われているのか、知らない人も多いのではないでしょうか。なめしとは、動物の「皮」のタンパク質構造を恒久的に変化させ、腐らず丈夫な「革」を製造するプロセスのこと。動物の皮膚は、なめしを行う前を「皮」、なめしを行った後を「革」として区別します。
なめし工程は、大きく分けると「毛付き」「一次なめし」「二次なめし」「染色」の4つに分けられます。今回は、その工程を写真と動画でご紹介。早速、見ていきましょう。
[ 1 ] 毛付き | 原皮の下処理工程
「革」は主に、食用動物の副産物です。狩猟や畜産された動物は、加工肉製造工場に送られます。そこで食肉として加工をされ、食用に使われない皮は破棄されるか、なめし工場に送られ革になるのです。
なめし工場に送られる前に、長期保存のために皮を塩漬けにします。塩には、皮の中の水分を減らし、腐りにくくする効果があるんです。こうした保存方法を用いて、動物の毛皮は劣化することなくなめし工場へ移送されます。
なめし工場に届いた毛皮で、早速「なめし」を行っていきます。
まずは保存のために使われていた塩を皮から抜き、ピュアな生皮の状態に戻します。その後、皮についた毛を薬品で溶かしていきます。「脱毛」と呼ばれる作業です。
この二つの作業は大きな木製のドラムで行われます。内部で何時間も揉まれることで、薬品が浸透し、ムラのない状態に仕上がっていきます。
送られてくる皮は、個体によって皮の厚みも大きさも異なります。毛を溶かした後に行うのは、そういった皮の厚みのムラを整える「皮漉き(かわすき)」。
シカの皮は小さいですが、ウシなどの皮は水を含んだ状態ではかなりの重さになるため、大人数で行う非常に大掛かりな作業。機械の音も大きいため、大声で声を掛け合いながら作業する姿に圧倒されます。繊細なレザーアイテムに、こんな裏側があったとは…。
この一連の作業が「毛付き」と呼ばれる工程です。
[ 2 ] 一次なめし | 皮から革へ
「毛付き」で、なめしの下準備が整いました。ここからの工程で、いよいよ「皮」を「革」へと変化させていきます。
一次なめしでは、薬品を使って皮に防腐性と耐熱性を与え、余分なものを取り除いていきます。方法や使う薬品はさまざま。「タンニンなめし」「クロムなめし」の二つがメジャーななめしの手法になります。
「タンニンなめし」は、古来から世界中で行われてきた手法です。それに対し、「クロムなめし」はおよそ100年前にドイツで開発された比較的歴史の浅い手法。「クロムなめし」は「タンニンなめし」に比べて安価な上、耐熱性に優れ、丈夫で弾力性があるなどさまざまな利点によって瞬く間に全世界へ普及しました。
しかしながら、クロムなめしに使われる三価クロムという薬品が、今、環境汚染で問題視されています。三価クロム自体に毒性はないのですが、焼却するなど熱を加え化学反応が起きると、六価クロムという毒性の高い物質に変化することがあります。また、なめしの工程には大量の水を使うため、クロムの排水が水質汚染の原因になることが大きな問題になっているのです。
タツノラボでは、一次なめしの工程で独自開発したリン酸を主とした環境負荷の少ない薬品を使用しています。これは「ポルティラ製法」と名付けられ、タツノラボのポルティラレザーは世界トップレベルの安全な繊維製品の証“エコテックススタンダード100”の認証を受けています。
一次なめしを終えた皮はまっさらな白色。「クロム」でなめされた皮は、薬品の色に伴って青色に仕上がるため「ウェットブルー」と呼ばれるのに対し、こちらは「ウェットホワイト」と呼ばれます。
クロムよりなめしの性質が弱いため、そこからの再加工や二次なめしがスムーズになるなどのメリットがあります。この状態で乾燥させ、保存。タツノラボでは、革のロスを防ぐため、オーダーを受けてから二次なめしの工程に移ります。
[ 3 ] 二次なめし | オーダーに合わせた風合いを与える
ウェットホワイトに、さらに「革」としての風合いを与えるために行われる二次なめし。一次なめしを終え、水を含み柔らかくなった皮に、「合成タンニン」と呼ばれる粉末状の薬品を調合してオーダーに合わせた「革」を作り上げていきます。
タンニンとは、植物由来のポリフェノール化合物の一種で、ワインなどにも含まれる成分。実は「タンニン」という名前の語源は、「なめし(=tanning)」からきているんです。古くから人類が、皮革製品を愛用していたことがわかりますね。
[ 4 ] 染色 | 色味や風合いの総仕上げ
タツノラボではオーダーに合わせて、染料を独自に配合して色を作ります。ドラム染色とスプレー染色を使い分け、様々な風合いを表現。個体差に合わせて色味の調整なども行います。
水分を含んだ状態の革はカビやすいため、天日干しで乾燥させます。乾燥のさせ方でも風合いを変えることができ、レザーの硬さや風合いを変化させるには、全ての工程に絶妙な塩梅やコツがあるんだとか。まさに、長年皮革と向き合う職人だからこそなせる技です。
畜産動物は牧場などで日々食事管理や手入れをされていますが、野生動物は自然の中を生きてきたため、木々や岩で擦れた傷や、日焼け、シミがあります。食べていた物によって、皮膚の状態もさまざま。これはジビエレザーの魅力でもありますが、同時に、品質を安定させにくく、製品化が難しい理由にもなっています。
しかし、鹿革の質感は非常にしなやかで柔らかく、「革のカシミヤ」と呼ばれるほど。また、日本では古来から文化や生活で利用されていた素材で、武具への利用は弥生時代から始まったと言われています。
YAMAPではそんな鹿革の魅力を伝えるために、特殊な加工は施さず、自然の中を生きてきた野生のシカそのままの革を製品に採用しています。
「めぐるしか」プロジェクトアイテムはこちら
革一筋30年以上。タツノラボとジビエレザーの出会い
タツノラボのある兵庫県たつの市は、有名ブランドのレザーバッグやベースボールグローブ、バスケットボールなどの皮革の製造を行う大きな工場が集まる、全国一位の生産量を誇るレザーの産地。
そんなたつの市で、ジビエレザーの製造を行うタツノラボはわずか6名という少数のチームです。皮革業界に携わること30年以上の倉田さんと、その背中を追いタツノラボに加わった佐々木さん。お二人に、ジビエレザーを扱うきっかけや意味についてお話を伺いました。
ー タツノラボさんが、ジビエレザーを中心に取り扱うこととなった経緯を教えてください。
倉田さん:もともとは畜産動物の皮なめしをメインに事業を行っていたのですが、ある展示会に出店した時に、地元の猟師さんに「野生動物の皮をなめしてくれないか」と頼まれたのが大きなきっかけでした。
ですが、野生動物の皮をなめすのは、状態や大きさも不安定で本当に難しいんです。最初は僕自身もそういう理由で乗り気ではなかったし、「うまくいかないかもしれないけど、いいですか」と聞いて「それでもいい」と言ってもらえたのでやってみることにしたんです。
長い時間をかけて試行錯誤し、「ポルティラレザー / 環境対応革」としてジビエレザーを製造する今の体制が出来上がっています。
ー 「ジビエレザー」となると、シカ以外のなめしもされるのですか?
佐々木さん:そうですね。シカが9割を占めますが、イノシシやクマの皮もなめしたりします。鳥取県のジビエ肉加工工場と提携しているので、狩猟の状況によって変わりますね。
最近は千葉県を中心に「キョン」という小型の鹿が大量繁殖しています。キョンはサイズが小さいので、小型の財布などの製品を作る程度しか一頭から革が取れないんですが、鹿革の特性を残しつつ、皮に厚みがあり質感がとてもいいんです。人為的に捕獲されてしまった命を利活用するためにも、積極的にキョンを受け入れています。
倉田さん:生き物の命をいただいているわけですから、できるだけ革のロスを生みたくない。なので僕たちはオーダーを受けてから革を作るバイオーダーの仕組みを採用しています。
ー 今、日本では年間60万頭もの鹿が、森や田畑を荒らす害獣として駆除されています。こういった現状、「獣害問題」についてタツノラボさんはどのように考えていますか?
佐々木さん:ジビエレザーを扱うという仕事柄、獣害問題に関する取材を受けることは多々あるのですが、「野生動物が増えて農業被害や森林被害が深刻化している」という点には触れていても、「なぜそうなってしまったの?」という点については聞かれないことが多いです。
倉田さん:獣害問題には人間も密接に関わっているんです。発達した文明の中で、自然と共存する営みが崩れてしまったこと。その結果、森の生態系は崩れ、シカやイノシシが急増し、餌を求めて里に降りてくるようになってしまった。野生動物を捕獲して数を調整したり、柵を作って畑を獣害から守ったりすることは、目の前の問題に対処しているだけで根本の解決にはなっていないと思うんです。
古くから伝わる、自然と共存する仕組みを見直していくことが大切ですよね。僕たちは僕たちの方法で、「獣害問題」を知り、考えるきっかけを作れたらと思っています。
ー YAMAPとしてもこの「めぐるしか」プロジェクトで、命のありがたみや山々の現状を伝えながら、さらに大きなインパクトを目指した試みにも挑戦していきたいと考えています。「めぐるしか」プロジェクトでは、タツノラボさんの丁寧ななめしによって仕上がった革を使って素敵な製品を開発することができています。
今後とも宜しくお願い致します。本日は、ありがとうございました。
株式会社A.I.C. 倉田 幸男・佐々木 寛人
【倉田 幸男(くらた ゆきお)】 1963年大阪府出身。高校卒業後、皮革産業に従事し、そこから1989年から皮革産地である兵庫県川西市にある皮革工場で様々な技術を習得。2000年の初めに、工場移転に伴い、アパレル企業の代表と出会う。そこからポルティラの開発が始まり、日々の研究を経てレザー事業部を設立し、今に至る。ポルティラを世界に発信していくことが現在の目標。 【佐々木 寛人(ささき ひろと)】 1996年大阪府出身。高校生活はカナダで過ごし帰国後、服飾学校へ進む。素材の魅力やものつぐりへの想いを学び、講師の紹介でアパレル企業に就職。そこからレザー事業部で師である倉田さんに出会う。そこから鞣しや染色の技術を取得し、緻密な研究心を持ちながら師匠と一緒に革造りに日々励んでいる。