ULをもっと身近に。プロダクトデザイナー目線で生み出す「ミニマライト」の山道具
京都・銀閣寺の北に広がる北白川は、古くから多くの文化人や学者に愛された閑静な住宅地。大正期に建てられたという、京都らしい風情を残すレトロな洋館の1室を拠点に、さまざまなプロダクトを生み出すのが、アウトドアブランド「ミニマライト」の代表、羽地慎吾さん。
「最低限の要素から、最大限の軽さと使いやすさを引き出す」をコンセプトに、機能的でユニークでUL(ウルトラライト)なアイテムを創り出す、関西を代表する話題のガレージブランドはどう始まったのか。こだわり抜いたものづくりの背景を伺いました。
(インタビュアー:乙部 晴佳、記事:小川 郁代、写真:桑原 明丈)
山を歩く時間が頭の中にあふれるアイディアを形にする
―ミニマライトさんといえば、山用のサイフ(PLAY WALLET)をイメージする人が多いと思うのですが、これがブランドとして最初の商品ですよね? 残念ながらYAMAP STOREでのお取り扱いはないのですが、山サイフを作ろうと思ったきっかけなどを教えてください。
山を歩いていると、いろいろ考えごとをすることが多いんですが、プロダクトデザイナーの職業病のようなもので、このバックパックのここがちょっと使いにくいだとか、この箇所にあのパーツが付いてたらいいのにとかを思いつくことが多いんですよね。PLAY WALLETもまさにそんな感じで、カードサイズで使いやすい財布のアイディアを、山で思いついたのが始まりです。
―具体的にはどのようなアイディアだったんですか?
必要だと思った要素は、お札とカードと小銭が別々に入れられることと、お札を折り畳まずに入れられることで、これらを守った上でなるべく小さくサイフをデザインしようと思いました。その後、お札を三つ折りにするとほぼカードと同じサイズという事に気づいて、この構造の原型ができました。カードはゴムで挟むスタイルで10枚入るように。小銭もたくさん入るようにマチをつけました。
軽量で薄い素材ですが、カードを入れると芯になって、形がしっかりとします。中身を入れることで形を保つというのは、丸めたマットをフレーム代わりにするUL系のバックパックの発想と似ていますね。また重量のバランスを考えて、開けた時にカードと小銭が中心に来るようにしています。
―ブランド名からも感じ取れますが、やはりブランドのコンセプトとして、ULの考え方がベースにあるのですね。
そうですね。ULであることが基本ではあるのですが、ULってどうしても、難しいとか激しいとか、少し敷居が高いイメージがあるじゃないですか。でも、実はそれほど特別なことではなくて、荷物を軽くすることは安全性を高めることになるし、初心者にとっても大きなメリットだと思うんですよね。始めた頃から日本の登山文化に合わせてULの本質をぐいぐい掘り下げるような素晴らしいブランドはすでに沢山あったので、うちはULのよさをより多くの人に知ってもらえるような、入り口の部分を担うブランドでありたいと思っています。
もともと、自分が山を始めたのも遅かったし、体力もあるほうではなかったので、初心者の気持ちがよくわかるんです。ULに興味はあるけど近づけないとか…。ULをよくわからないと思っている人にも、受け入れてもらいやすいことをいつも意識しています。あまりアウトドア感を強くせず、シンプルで取り入れやすくすることで、そのまま街でも使えるように。その上で、アウトドアブランドであること、ULであることにはしっかりと軸を置いて、ブレずにやっていこうと思っています。
―山を始めるのが遅かったということですが、いつ頃どのように山と出会われたのでしょう?
出身が沖縄なので、周りに山がないんですよ。だからこそ憧れもあったんですが、怖いとか危ないとかっていうイメージもあったし、周りにもあまり山をやる友人はいませんでした。30歳までに登らなかったらもう一生登らないだろうと思って登った富士山が、人生でほぼ初めての登山です。当時は東京にいて、その後何度か山にも行きましたが、なかなか機会もなくて、それほど山との関わりは強くありませんでした。本格的に登るようになったのは、その後京都に来てからですね。身近に山があるし、何よりも山友達ができたことが大きかったと思います。
緻密なものづくりの原点は異色の経歴!? プロダクトデザインと出会うまで
―ブランドを立ち上げるまでは、どんなお仕事をされていたんですか?
大学を卒業するまで沖縄にいて、卒業後に東京のデザイン専門学校の夜間部で、2年間プロダクトデザインを学びました。数学が得意だったので、大学は工学部の電気電子工学科に進んだのですが、3年生になって就職活動を始めた時に、学部の卒業生の就職先を見てもまったくピンと来なくて、自分は何がしたかったんだろうと改めて考えたんですよね。もともと、ものづくりがしたいと思っていたことに気づいて、立ち止まって考える最後のチャンスだと思って、大学を休学することに決めました。
そこから、1年間と期間を決めて沖縄のアパレルの工房で働きはじめました。服が好きだったし、ものづくりに関われるからと選んだ職場だったのですが、そのときに服の世界に疑問を感じてしまったんですよね。毎年テーマをひねり出して、無理にでも新しいものを作って売る。前に作ったものがどんなによくても、すぐに古いものになって無くなっていく。そういうサイクルが、自分には合わないと思いました。
そのころ出会った人に教えられたのが、プロダクトデザインでした。50年前の椅子が今も現役で売られていること、自分のデザインが製品として長く使われること、調べていくうちに「ああ、これだ」と強く感じて。復学して大学を卒業し、そこから東京で専門学校に入りました。
専門学校を卒業後は、東京のプロダクトデザインの事務所に就職して、人間工学を利用して、体の不自由な人のための製品をデザインする仕事をしていました。自分のデザインが人のためになるというやりがいはありましたが、製品になるまでに長い時間がかかったり、メーカーの都合で、自分の手の届かないところでデザインが変更されたりということがあり、本当に自分の作りたいものを作るには、デザイン事務所ではなくメーカーに身を置かないとダメだと感じました。
その後、掃除道具のメーカーに転職し、プロダクトデザインの仕事をするうちに、企画・デザインから製造までの一通りに関わりました。そのころから山に登る機会も増え、自分の頭のなかにあふれるアウトドアのアイディアを、自分の手で形にしたいと考えるようになりました。
―ブランドを立ち上げる直接的なきっかけが何かあったのでしょうか?
サイフのアイディアを思いついて、何度もサンプルを作って、ようやくプロトタイプのようなものができたころに、ちょうど「Off the Grid」というアウトドアイベントを見に行ったんです。いろいろ個性的なブランドが出店していて、それを見ていたら「ここにあの財布を出したら、きっといいといってもらえる」と直感して、「来年ここに出品したい」と思いました。
そのためには、製品を完成させるのはもちろん、ブランド名やロゴも決めなきゃいけないし、ウェブサイト作らなきゃということになり、プロダクトが先行して、それを世に出すためにブランドを作ったという感じです。実際に次の年にはミニマライトとして出品し、ありがたいことに思ったとおりの手ごたえを感じることができました。
―お仕事でデザインの経験は積まれていたでしょうが、どうやってアイディアを形にしていたのでしょうか?サンプルを作るのにも「縫う」ことが欠かせないですよね。
ミシンはそれまでちゃんと使ったことはありませんでしたが、見様見真似でサンプルを作り始めました。
沖縄のアパレル工房でも、自分が縫うことはあまりなかったのですが、商品ができる過程は毎日のように見ていたので、必要な作業や手順は、だいたいわかっていました。
絵だけを描いて丸投げするような作り方が性に合わなくて、何度も試行錯誤を重ねて完成形に近づけてから、自分で作ったサンプルを直接工場に持って行って、実際の生産に合う形を相談するようにしています。サンプル段階で納得がいくまで何度も作り直すことになるから、人に頼むのはなかなか難しいですよね。それでも工場とは3、4回やり取りを繰り返すので、「まだやりますか」なんて言われることもありますが、顔を合わせて直接希望を伝えるので、うまくコミュニケーションが取れていると思います。
自分でとことん突き詰めて、もうこれ以上よくならないと思って製品化するんですが、しばらくすると改良点を思いついちゃうんですよね。ミリ単位のマイナーチェンジを何度も繰り返しています。
―ミニマライトのラインナップを見ると、小物やバックパックから山ごはん用のプレートまで、アイテムの幅が広いですね。
基本的に作りたいものは頭の中に常にたくさんあるんです。それを実現できる素材や、形にしてくれる工場や職人などがうまく結びついた時に製品になるので、アウトドアのものであることとULであることから外れなければ、とくにアイテムに制限はつけません。
【YAMAP STORE厳選】UL&フレンドリーな3つのアイテム
―今回YAMAP STOREでは、3アイテムの取り扱いをさせていただくことになりました。それぞれの商品のポイントを教えてください。
ファストパスハット
実は僕はあまり帽子を被るのが得意ではなくて、被っていると頭がかゆくなりやすいんですよね。
でも山では日差しから頭や目を守るため、また耳や首の日焼け防止のためにも帽子が必要になるので、通気性がよくて頭が蒸れにくい物を作ろうと思いました。この帽子はメッシュ生地で通気性が高く、軽い着け心地で頭がかゆくなりにくいんです。
発売当時はULメーカーはキャップがほとんどでハットはあまりなくて。有名アウトドアメーカーのものだとつばの広いサファリハットのようなデザインばかりで、山ではよくても街に帰って来た時に違和感があると感じていました。
そこで、つばの短いシンプルな形にして、素材には、通気性のよいメッシュ生地を選びました。撥水性もあって多少の雨なら気にならないし、何よりも速乾性がとても高いんですよ。突然の大雨に降られて全身ずぶ濡れになったときも、しばらくしたらこのハットだけが乾いていて、作った自分が驚きました。アウトドアには欠かせない、サイズ調整機能も備えています。
メッセポーチ
ペットボトルがちょうど入るサイズのシンプルなポーチで、横長の形は、フラップをなくしたメッセンジャーバッグをイメージしました。素材は軽くて丈夫で、水にも強いX-PAC。コードタイプのストラップが付いているので、普段はポーチとしてバックパックの中に入れておき、荷物を置いて行動するときなどは、サコッシュとしても使うことができます。
用途を限らず幅広く使えますが、便利なのは形がしっかりして、底マチがあるので自立するところです。また、内部にキーフックが付いているのですが、通常のものより長くしてあるので、サコッシュとしてかけた状態で、カギの開け閉めやサイフからお金の支払いができます。ストラップは左右それぞれで長さ調節ができて、片方だけバックルで着脱することもできるので、サコッシュだけを外したいのに、バックパックもカメラも全部荷物降ろさなきゃいけない、ということがありません。
オーディナリーパック
日帰り登山に使える、シンプルなバックパックをつくりました。UL系のもので日帰り用だと、すごくスポーティなトレラン系のものか、ナップサックのような簡易的なものしかなかったので、軽くてコンパクトで使いやすいものが欲しいと思いました。素材は、軽くて丈夫なX-PAC。容量は、メインコンパートメントが13ℓ、フロントポケットが2ℓ、サイドポケットがそれぞれ1ℓの、計17ℓ。日帰りで遊ぶための機能はすべて揃えたうえで、街でも使えることを意識しました。物が大きくなるとどうしても価格的に高くなるので、使える場面を多くしたいと思ったのが理由です。軸足は完全にアウトドアに置きながら、かぎりなく街使いに近づけるというコンセプトで作りました。
薄い素材でできたバックパックは、荷物が少ない状態だと形が崩れて使いにくいのですが、ハリのあるX-PACを使ってボックス型のデザインにすることで、少ない荷物でもきれいな形を保てるようにしました。ロールトップや巾着タイプだと、頻繁に開け閉めをする街使いでは不便だと思い、ファスナー式に。ファスナーはサイドポケットに物を入れた時にも開閉しやすいよう、上部にコの字型に開くようになっています。ウエストやチェストベルト、サイドベルトなどもしっかり備えますが、街でもスマートに使えるよう、デザインを邪魔しないミニマムなものを選んでいます。
―こういうバックパックのような複雑な形のものって、どのように作っていくんですか?
布でサンプルを作る前の段階で、紙のサンプルをつくるんです。3Dのモデリングソフトで形を作って、展開図にして紙にプリントアウトして、それを切って貼り合わせて、おおよその形とサイズ感を検討します。これだとすぐにできて何度もやりなおせるから、1㎝単位の修正も、布のサンプルよりも圧倒的に変更が楽です。
―すごくユニークなアプローチですね。羽地さんの頭のなかのイメージが、形になっていく過程が見えるような気がします。
「こだわりを持って納得のいくものをひとつずつ作りたい」
―ところで、どうしてここに工房を置こうと思ったんですか? 京都でも建築物好きには有名なレトロ物件だそうですね。
せっかく京都に工房を構えるなら、ものすごく現代的なところか、京都らしい味のあるところか、どちらかに振り切ったところにしたいと思っていたんです。そうしたら、偶然この物件に空きがあって、イメージにぴったりだったので選びました。
―シンプルだけれど存在感のあるところが、製品のイメージにも通じる気がします。ブランドロゴにも共通する印象がありますね。
文字は、もっともシンプルかつ美しいヘルベチカというフォントを使っていて、文字の太さはウルトラライトというサイズを選びました。Aの横棒など、省いても文字が認識できるものは省いて簡略化しています。
マークはアルファベットのMをモチーフにして、山やテントをイメージした形になっています。三角形は、3本の線だけで構成されている、平面のなかで一番シンプルで、なおかつ最も安定した形でもあるんですよね。ミニマルなもので最大限の力を発揮するというミニマライトのコンセプトに合うと思い、三角形をシンボルに選びました。
ほかにも意味があって、僕の名前に羽がつくから、ちょっと羽のようにも見えるというのと、ミニマライトの「light」には、軽いという意味と照明の意味もありますよね。見方によっては、ライトと光に見えませんか? ちょっと後付けっぽいのもありますけどね。
―なるほど! いろいろな意味が込められてるんですね。すべてにこだわりを感じます。
最後になりましたが、これからやりたいことや作りたいものなど、今後の展望を聞かせてください。
山を歩くことと物を作ることが好きなので、作りたいものはいくらでもあるんですが、カテゴリを増やしたいとかシリーズ化したいという発想はあまりなくて、自分が納得のいくものを、長く使ってもらえるものを、ひとつひとつ増やしていけたらいいなと思っています。
製品作り以外にも、大文字山(だいもんじやま)の地図に載っていないトレイルを案内するイベントなどもやっているので、そういった場を通じて、山の楽しさやULのよさなども知ってもらえたらいいと思っています。
羽地 慎吾(はねじ しんご)
1981年生まれ。沖縄県出身。琉球大学、桑沢デザイン研究所を卒業後、東京のプロダクトデザイン事務所、関西の掃除道具メーカーの企画デザイン職を経て”MINIMALIGHT(ミニマライト )”を立ち上げる。 「最低限の要素から、最大限の軽さと使いやすさを引き出す」をコンセプトとし、京都を拠点にアウトドアプロダクトをデザインしている。 また全国のアウトドアガレージブランドが一堂に会する「KYOTO HIKERS’S GRER PARTY」や、京都の地図に載っていないトレイルを案内する「kuh(KYOTO URAYAMA HIKING)」も開催している。