「まだ使ってるの?」は褒め言葉。僕とパタゴニアのインサレーション【つづく、つながる、山道具】
自然の中で、ハードに使うことを想定して作られた山の道具は、ボロボロになることが当たり前。街用の服みたいに、着飾るためだけではなくて、自分の挑戦を側で支えてくれる相棒のような存在です。
そうして選んだ道具には、自然と愛着が沸くし、数々の冒険をともにしたストーリーが刻まれていく。一生物の品なら、仮に自分が使わなくなっても、次の代につなげていける。
「山道具には物語が眠っている」。
長く連れ添った道具には、それだけの理由がある。この企画は、アウトドアをこよなく愛する山人が、自らの愛用品とのそこに眠る物語をお届けする連載記事です。
今回の語り部
小林昂祐
撮影と執筆業を生業とする。ヒグマが跋扈(ばっこ)する北の原生林から亜熱帯の離島まで。冬はもっぱら山スキー。人が少ない山域を長期で歩くこともあるので道具選びはいつもシビア。流行り廃りに左右されず、気に入ったものを探すのが自分のスタイル。作り手の熱量を感じられるモノが好き。
10年分の山旅をまとめた書籍を春に刊行予定。
https://www.kosukekobayashi.net/
初冬の立山。
昨日の吹雪が夢だったのかと思うほどの穏やかな景色が広がる。トレースのない雪原にはウサギの足跡が点々とつづき、山頂からの雪煙がダイヤモンドダストのように空中で輝いている。
雪を踏む音だけが静かに響き、見上げれば白い峰々の背景に群青色の空がつづく。雪山を訪れたことのある者であれば、その美しさを説明する必要はないだろう。
一方で些細な判断ミスや装備不足で危険にさらされてしまう場所であることも—。
どんな山にいても、使う道具が信頼のおけるものかどうかはとても大切だ。
と同時に、自分自身が「その性能を正しく理解でき」「使いこなすことができるか」という点も忘れてはならない。
長いあいだ僕の山行を支えてくれたのが、「patagonia(パタゴニア)」の化繊インサレーションジャケット「ナノエア・フーディ」だ。
初代モデルが登場したのが2014年。ダウンの代替となる化繊中綿と通気性のある生地を使用することで、「行動しつづけられる保温着」として世に放たれた。しかし、その頼もしさに気づくまでは少し時間がかかった。
「軽やかな着心地はいい。でもそんなに暖かくはなさそう」。
というのが第一印象。インサーレーションを保温着として捉えていたこともあり、想像していた暖かさを感じなかった。しかし山を歩いてみると、その絶妙な保温力に、なるほどと頷くのだった。
「暖かいというより、寒くない」。
運動強度が高いハイクアップ(雪の斜面を登ること)でも汗がこもらず抜けてくれるし、停滞時にはシェルを羽織ることで暖かさが逃げない。
氷点下の吹雪をゆく山スキーでは脱ぎ着せずに登行ができるし、数日にわたって雨に打たれながら森を歩くときでもミドルレイヤーとしての機能を損なうことはなかった。
ダウンと違ってラフに扱えるというのもいい。アルプス登山はもちろん、3週間のヒマラヤトレッキングでも、濡れようが汚れようが基本的な性能を損なうことがなかったし、風が強かったり寒さが厳しいときは隙間なく頭部を覆ってくれるフードが役に立った。
なにより、家から出るとき、移動中、入山から下山まで着たままでいられる。できるだけ手間を省きたいズボラな自分としてはうってつけだった。とくに荷物が多く移動を伴うような遠征では一着で事足りることもあり、常に装備リストにおさまっていた。
いまでこそアクティブインサレーションと呼ばれるジャンルが確立されているが、10年近くも前にはすでに原型となるモデルが誕生していたのだ。ブランドの開発力の高さを再認識させられる。
もうひとつ思い出深いウェアが「クラシックレトロX ジャケット」。おそらく90年代初頭からつづく、ブランドを代表するアイコニックなモデルだ。
ボリューム感のあるフリース生地はだいぶくたびれて、毛が抜けて下地が見えているところもあるが、むしろちょうどいいくらい。いまでもなおハイキングから旅、普段着として手放せない存在になっている。
ずっと使っていると、自分に合う服というより、服に自分が合っていく感覚がある。
「これ以上心拍数をあげると汗が抜けにくくなるな、止まると寒いから休憩はいれずに登ろう」といったように、ちょうどいいところを知っているからこその使い方ができるようになるのも面白い。
だからこそ、シビアな雪山登山であっても安心して装備に組み込める。数々の山行をともにすることでようやく、自分の道具として馴染んでくる。
こうして、気づけば長く使っている道具はいくつもある。流行り物が苦手な性分にも合っていたのかもしれない。また、はじめから愛着があった、というわけでもない。あくまで道具。使うためのものであり、あらゆる体験のために酷使しつくしてきた。
もちろん正しく機能しなければ困るので大切に使い、オフシーズンを狙ってメンテナンスもする。穴が空いたら修理に出すのだが、何事もなかったかのように直ってしまって寂しさすら感じたほどだった。
それを繰り返していくうちに、愛着は芽生えてくるのだ。と言ったら道具たちに怒られそうだけれど。
2022年にアメリカのシエラネバダをハイクしたときに、20代とおぼしきアジア系の女性とすれ違った。印象的だったのがクラシックなフレームのバックパック。
きっと親のお下がりなんだろう。
古いもののたたずまいに魅力を感じつつも「同じようなモノを買ってスタイルは真似できても、コスプレになっちゃうんだよな」と、今背負っているバックパックを擦り切れるまで使おうと誓うのだった。
「まだそれ使ってるの?」
はむしろ褒め言葉。ストーリーは刻んでいくものなのだ。
YAMAP STOREセレクト
patagonia
マイクロパフフーディ
パタゴニアの化繊インサレーションといえば、このモデル。かつてはダウンの下位互換的な印象だった化繊ウェアも、技術進歩のかいもあり、今となってはダウンに並ぶスペックを兼ね備えている。
魅力はなんといっても乾きやすさと通気性。「頑張って登っていたら汗がベッタリ」というシーンでも、ゆるやかに汗が抜けていくから使い勝手は抜群。山の相棒として、きっと頼りになるはずだ。
patagonia
クラシックレトロXジャケット
30年近くロングセラーをつづけるアイコニックなモデル。環境に配慮しリサイクル素材を採用するなど、マイナーアップデートはありつつも基本的なスタイルは不変。厚手のフリース生地と防風性バリアーの効果で保温力は抜群。
一方、裏地をメッシュにすることでウェア内のヒートアップが抑えられている。10年、20年と着つづけられるタフさも魅力で、一生モノのフリースジャケットとしてお気に入りのカラーを選んでほしい。
patagonia
DASパーカ
パタゴニアの名品のひとつとして名高い「DASパーカ」。野営を伴う山行やクライミング、長期縦走での停滞するシーンで保温力を提供してくれる化繊インサーレーションジャケット。
濡れに強く保温性に優れる中綿と軽量な生地の組み合わせが、過酷な冬山でも快適な行動を支えてくれる。
思い出深いのは、ヒマラヤの現地ガイドが愛用していたボロボロになった「DASパーカ」。ツギハギだらけだったけれど、「これが一番いいんです」と嬉しそうに見せてくれたのを覚えている。やはり化繊中綿はダウンと比べてラフに扱えるのは大きなアドバンテージ。
finetrack(ファイントラック)
YAMAP別注 ポリゴンライトジャケット
独自開発の中綿を使用したミドルレイヤー。行動できるインサレーションとしての機能性もさることながら、襟周りをすっきりさせたレイヤリングがしやすいデザインも大きな魅力。
実際、発汗時は首周りが暑くなるのでこれでOK。防寒対策はネックウォーマーやバラクラバを組み合わせればいい。化繊インサレーションのひとつの進化系。カジュアルなルックスなので、街着として使ってもいいだろう。
MOUNTAIN HARDWEAR(マウンテンハードウェア)
YAMAP別注 ポーラテックハイロフトグリッドジャケット
中綿インサレーションと並んでミドルレイヤーの双璧をなすのが、フリースジャケット。フリースは、もともとウールの代用品として開発された歴史があり、ムレにくく暖かさをキープしてくれるのが特徴。
素材メーカーのパイオニア、ポーラテック社が開発した「ハイロフトグリッド」は、なかでも通気性に特化したモデルで、シェルジャケットなど防風性のあるウェアと組み合わせることで効果が最大化される。冬はミドルレイヤー、夏は朝晩のアウターとして、通年活躍してくれる。