ウールをもっと身近に|YAMAPと[sn]が手がけた別注製品の舞台裏
2024年秋、YAMAPと「[sn] super.natural(スーパーナチュラル)」のコラボレーションから、フーディー、ビーニー、ネックゲイターの3つの別注アイテムが誕生しました。このアイテムに採用されたのは、日本の繊維メーカーが開発した、ここにしかない特別なウールファブリックです。
吸湿性や水分放出性に優れ、防臭効果も発揮するウール。その素晴らしい特性を、もっと日常の当たり前にしたい――。同じ志を抱いた二社が手を組んで生み出されたこれらのアイテムは、一見シンプルに見えますが、開発担当者たちの並々ならぬ情熱とこだわりが詰まっています。本記事ではその思いの背景を、YAMAP開発担当の小谷野(こやの)にインタビューしました。
目指したのは、「オプション」ではなく「ベース」となるミドルレイヤー
ー この製品を開発しようと思ったきっかけや背景を教えてください。
まず根底に、『もっとたくさんの人にウール製品を使って欲しい』という想いがありました。最近はアウトドア業界でもウールの魅力が再認識され、製品に取り入れるメーカーやブランドが増えていますが、その多くは薄手のベースレイヤーやアクセサリーなどが多い。逆にミドルレイヤーになると、保温性に特化した厚手のものがほとんどで、値段も高く高級なものばかりです。
僕が提案したかったのは、ミドルレイヤーでありながら、使う場面が限られてしまうものではなく、長時間着用できる実用性に振り切ったアイテム。「オプション」として考えるミドルレイヤーではなく、「ベース」になれるミドルレイヤーを、ウール製品で提案したかった。加えて、手に取りやすい価格であることも重要。そんなことを考えているときに、スーパーナチュラルの展示会でこの生地に出会ったんです。
今回の別注アイテムに使われているのは、ウールとポリエステルで構成された薄手の生地。内側は柔らかなマイクロフリースで肌触りが良く、外側は滑らかな仕上げで耐久性や耐風性を高めた二重構造になっています。構造でいうとポーラテック社さんの「Power Stretch」に近いものです。
しかし、内側にはウール、外側にはポリエステルが多く表出するように設計されており、こういった生地の特徴でもある吸湿発散性を更に高めるような組成になっています。
『ああ、この生地でフーディを作ったら良いものになるだろうなあ』と、直感的に感じました。早速スーパーナチュラルの担当者の方に提案し、今回の別注製品の企画が本格的に動き出したんです。
カジュアルハイカーのためのYAMAPらしい一着
ー 開発にあたって、ターゲットにした山行スタイルや登山レベルはありますか?
生地や縫製のクオリティは、本格登山にも対応するものに仕上げています。ですがあえて答えるならば、YAMAPの別注製品は「中低山の日帰りハイキング」をメインターゲットにしています。なぜなら、YAMAPユーザーさんたちの活動記録はそういった山行スタイルが圧倒的に多いからです。
僕たちがオリジナルや別注で挑戦していきたいのは、YAMAPユーザーの視点で考える、痒い所に手が届く製品。僕たちもYAMAPユーザーのひとりとして、日々考えを巡らせています。今回は、「日帰りの山歩きから日常まで、実用的に着倒せるフーディー」がコンセプトになっています。
僕の経験上、ハードな山行をする人は、登山がライフスタイルと融合しているので、日常着としても山服を着ていらっしゃる。でも登山頻度の少ない方は、山の服を日常着としては見ていない人が多い。しかし、同じ一着の服ですから、汎用性高く毎日使えるなら、環境にもお財布にもやさしいと思いませんか。
登山で使える機能性や耐久性と、日常で使えるデザイン性や着心地。これらの両立をして、高機能ウェアをもっと身近なものだと考えて欲しいと思って企画したのが「YAMAP別注 ブラッシュドジップアップフーディー」です。
開発担当が着目した、唯一無二のウールファブリック
ー 今回の生地は、厚みにもこだわりがあると聞きました。
そうです、あえてこの厚みで作っています。すこし薄手に感じられるかもしれませんが、日本の街中やアウトドアフィールドで着用することを考慮して、この厚みがベストだと考えました。
ー 具体的にはどのような点を考慮しているのでしょうか。
まずアウトドアの観点でお話しすると、日本の山は、地形や地質、気候条件などの理由から、距離は短いけど標高差が大きいという特性を持った急峻な山が多いので、どうしても汗をかきやすい条件が揃っています。そのため、海外のメーカーからアクティブインサレーションとして提案されているものでさえ、「暑すぎるから結局脱ぐ」という現象が起きやすい。
だからこそ今回の別注アイテムでは、既存のアクティブインサレーションと比較しても、保温よりも吸水速乾や吸湿発散に重きを置いて開発しています。先ほどもお話しした「オプションではなくベース」という実用性に振り切って、デザインや機能性の取捨選択をしました。
そして街中という観点では、僕自身の経験を落とし込んでいます。冬は、屋外が寒いぶん室内を暖かくしますよね。だからこそ、どちらかのシーンに合わせて服装を考えてしまうと、片方のシーンで苦労することがあります。
例をあげるなら、電車。朝家を出る時はもちろん寒いですが、その基準に合わせてアウターを選んでしまうと、家から電車に乗るまでの間以外、ほとんどアウターを脱いでいるような状態になってしまう。でも「YAMAP別注 ブラッシュドジップアップフーディー」なら、そんな暑い冬の電車の中でも快適に着ていられます。愛用している他のスタッフは、フリースを着るには暑いような室内でもずっと着ていられるからこそ重宝していると話していました。登山シーンでも、かぎりなく着脱の回数を減らすことができます。
試行錯誤を繰り返して実現した、立体的なシルエット
ー 今回の別注アイテムの企画制作にあたり、いちばん苦労した点はなんでしょうか。
普段着としても使いやすい、綺麗なシルエットを作り出すためのパターンデザインがいちばん大変でしたね。生地が薄くて柔らかいので、身体に添うようなタイトなシルエットをつくるのは簡単なんですが、ゆったりとした立体感のあるシルエットを実現させるのはとても大変なんです。
立体感を持たせるという点で特に苦労したのはフードの部分。 何度もサンプルを作り直して、やっと今の形に辿り着きました。胴周りやアームホール(腕周り)にもゆとりを持たせたので、フーディの中に厚手の服を着込むこともでき、ライトアウターのようにもお使いいただけます。
▲身幅と肩周りにゆとりをもたせた設計になっています(3枚目)
フーディーと一緒に開発したビーニーも、帽子が潰れず綺麗なシルエットを維持できるよう工夫をしました。頭頂部に星形に縫い目が入っていることで、立体感を実現しています。
▲男女どちらも使えるワンサイズ。ストレッチ性の高い生地が頭にフィットする(頭囲:小谷野61cm、豊島56cm)
そして、どうしても伝えたい「YAMAP別注 ブラッシュドジップアップフーディー」のデザインポイントは、袖のサムホールです。日常でも着ると言う観点で、スポーティさを強調してしまうサムホールはなるべく目立たないようにデザインしたいと開発初期から考えていました。位置や形状のイメージを細かく伝えて、微調整を経て現在のデザインに辿り着いたのです。ダブルネームのロゴも含めて、お気に入りのディテールです。
ー ネックゲイターは、珍しい幅の短いデザインになっていますね。
はい。こちらも、僕自身の経験上、最も使い勝手が良く、出番の多いデザインを採用しました。もちろん、顔まで覆いたいような強風の雪山などは別ですが、冬のハイキングとかランニングって、はじめは寒くてもすぐ暑くなってしまいませんか?そんなとき、ネックゲイターがあまりにも厚手で長いものだと、汗をかいてしまっては不快ですし、取り外すとやり場に困る。経験上いちばん調子が良いのは、この長さなんです。
ほどよい長さなので、体温が上がってきても熱を留めずに逃がしてくれますし、外したいと思った時もコンパクトにポケットに収まります。僕なんかは、ポケットに仕舞わずに首から頭に持ち上げてヘアバンドみたいにしていますけどね(笑)そんな使い方もできちゃうサイズ幅なんです。
ー フーディーと一緒にアクセサリーアイテムを企画した理由はなんですか?
ビーニーとネックゲイターは、ウールに半信半疑な方や、この生地に興味を持ってくれた方に、まずおためしとして使ってもらえるように企画したものです。なのでこれらは、YAMAPとしてもスーパーナチュラルとしても、かなり頑張った値付けになっています(笑)この生地の特性である「吸湿発散性」をよく感じていただけるよう、あえて肌に触れる小物のなかで考えました。ぜひこの機会に、この唯一無二の生地の魅力を知っていただきたいです。
ー 今回の別注製品は、類似製品と比べてどのような点が優れていると思いますか?
生地の観点では、ウールの弾力性によってシワになりにくい特徴があります。フーディーの計算した綺麗なシルエットを楽しんでいただくのにもってこいの素材です。
また、スーパーナチュラルは、自然に囲まれたスイス生まれのブランドです。スイスでは、アウトドアライフが身近にあることで、日々の暮らしとアウトドアシーンを両立できる、機能的で着心地のよいウール製品が人々の必需品になっているんですよね。そんな背景を持っているからこそ、スーパーナチュラルの製品はすべて、家庭洗濯ができるようになっているんです。一見、扱いが大変そうなイメージのあるメリノウールを贅沢に使用していながら、どんどん着用して、さっと洗ってケアできるというのも大きな魅力です。
最後はやっぱり、シルエットが他のアウトドアウェアとの違いではないかと思います。裏起毛なので、タイトフィットだとインナーの服と擦れて突っ張ったりしやすいのですが、全体的にゆとりをもたせたのでまとわりつくようなストレスはありません。日本人はピタッとした服をあまり好まない傾向がありますから、そういったタイプの方には気に入っていただけると思います。
ウールのウェアを、日常の当たり前に
YAMAPとスーパーナチュラルがタッグを組んで実現した、2024年秋冬のコラボアイテム。その背景や込められたメッセージをお届けしました。私たちが必ず一度は袖を通したことのある学生服にも使われているように、実は「ウール」は、日本人にとって馴染み深い素材。何日も連続して着ていたあの制服たちも、ウールの吸湿性や速乾性、防臭効果といった機能に支えられていたのです。
そんなウールのメリットに着目し、制服のように毎日袖を通せるよう、デザインから生地選びまでこだわり抜いたYAMAPの別注アイテム。気軽な山行から普段使いまで、幅広いシーンで活躍すること間違いなしです。 ウェアやアクセサリーの買い替えや買い足しを検討していた方はぜひ、新たなウールアイテムを取り入れてみてはいかがでしょうか?
YAMAP別注ブラッシュドウールシリーズはこちら
YAMAP STOREセレクト・[sn]のアイテム一覧
小谷野 聡(こやの さとし)
アパレルメーカーでの商品企画職からキャリアを積み、アウトドア好きが昂じて、某有名アウトドアショップの看板スタッフにキャリアチェンジ。2023年よりYAMAPにて商品企画開発を担当している。アウトドア歴は20年。低山ハイクから北アルプスの縦走登山、雪山のテント泊までなんでもこなすオールラウンダー。試したいアイテムをモリモリに詰め込んで、1泊のテント泊が縦走並みの荷物になる時があるのが悩みのタネ。