アウトドアを遊び倒して生まれる、Teton Bros.(ティートンブロス)のウェア
〜製品開発の原点 フィールドテストに密着〜
日本発のアウトドアブランド「Teton Bros.(ティートンブロス)」は、フィールドテストをことのほか重視しています。シーズンごとに次々とニューモデルを発表するブランドではありませんが、そのぶん、多くの製品は発売以来のコンセプトを継続しつつ、毎年アップデートを繰り返しています。この「変化よりも成熟」という考え方の原動力となっているのが、開発者自らが先頭に立つフィールドテスト。今年の2月に福島県檜枝岐村で行われたフィールドテストの模様をレポートします。
(記事=寺倉 力、写真=太田孝則)
豪雪の檜枝岐でフィールドテスト
Teton Bros.代表・鈴木さんの滑り
「2月の頭にいつもの檜枝岐でフィールドテストとディーラーキャンプを予定しているんですが、よかったら何日か前から先乗りして一緒に滑りませんか?」
こんな提案をしてくれたのは、Teton Bros.の鈴木紀行さんでした。ブランド代表であり、同時に企画開発を担当するプロダクトデザイナーでもある鈴木さんは、非常に熱心なスキーヤーでもあります。最初に彼と知り合ったのは20年以上前の豪雪のニセコで、以来、滑り仲間として公私ともに長い付き合いです。そして「優先されるべきは仕事よりも滑り」という共通の価値観を抱いていることも互いに理解しています。
そんな鈴木さんの誘いですから、おそらくは例年通りフィールドでの仕事にかこつけて滑り倒すつもりなのでしょう。けれども、あくまで遊びで滑ったとしても、同時にそれが仕事につながる点でも私たちは共通しています。思えば、猛威をふるいつつある新型コロナウイルスの動向を注視しながらも、それでもまだまだ、せっせと雪山に通っていた頃でした。
テスト初日、会津駒ケ岳へ
檜枝岐は福島県西南部に位置する豪雪の山村です。夏は尾瀬や会津駒ヶ岳の登山口として賑わいますが、冬は訪れる人も少なく、山間の集落らしい静かな雰囲気が残されています。Teton Bros.はブランド立ち上げ直後から、この檜枝岐にあるガイドサービス「楽 -RAKU-」をパートナーに豪雪のバックカントリーフィールドでテストを重ねてきました。
村の標高は900m台。そこから樹林帯を登って森林限界の先にある会津駒ヶ岳の山頂付近は標高2,000mを超えます。また足を延ばせば、尾瀬の燧ヶ岳もスキーツアー圏内。さまざまに移り変わるコンディションは秋冬向けのウエアをテストするにはもってこいの環境であり、そのうえ、平日ならほぼ他のパーティと出会うことなく、まっさらなパウダースノーを満喫できます。
夏山登山の大きな目的が山頂に立つことだとしたら、バックカントリースキーの大きな醍醐味はフレッシュなパウダースノーを滑ることにあります。どちらも、そのために長い登りも頑張れるというもの。それは熱心なスキーヤー・スノーボーダーが多いTeton Bros.のメンバーも同じで、実はこの時期の檜枝岐でフィールドテストを続けてきた最大の理由かもしれません。
初日は少雪のバックカントリー
檜枝岐村入りしたのは1月末でした。Teton Bros.チームと合流し、さっそく翌日からフィールドテストに同行します。初日は会津駒ヶ岳でのバックカントリースキーです。登山口で「楽 -RAKU-」のガイドの平野崇之さんからビーコンチェックを受け、スキーにシールを貼って、ゆっくり樹林帯を歩き始めます。ここは檜枝岐バックカントリーの定番ともいえるツアールートで、尾根上にある滑り出しのポイントまで2時間から3時間かけて登り、標高差にして500m前後のパウダーランを楽しみます。
しばらく樹林帯を歩き、次第に勾配を増したところで小休止。その後、広い沢状の急傾斜を踏みしめながら高度を稼いでいきます。先頭はガイドの平野さん。「普段ならシェルを着たまま登り切ることもある」ということですが、この日は朝から気温が上がったために、すでにシェルを脱いでミドルレイヤーで登高を続けています。
「厳冬期の冬山といっても、日本の場合は気温の高い日もあるし、急傾斜を登り続ければ急激に体温が上がって汗をかくじゃないですか。だから、通気性の高い素材だとしても、ベンチレーションは必要です。実はシェル素材にPOLARTEC NeoShell(ネオシェル)を採用するに際して、その件でポーラテックの本国担当者とかなりやり合ったことがあったんですよ」と鈴木さん。
ネオシェルは通気性に優れた防水透湿素材として開発されたものだけに、ポーラテックの本国担当者は「ベンチレーションが不要な通気素材」と力説。それに対して「ベンチレーションなしはあり得ない」と反対意見をぶつけたのが鈴木さん。「急激な体温上昇を解消するには、ウエア内を一気に換気するしかない」と。最終的には本国担当者も折れたそうです。
乾燥した低温地帯が多い北米の冬山と、多少の湿気をはらんだ日本の冬山では、同じ雪山でも条件が異なります。さらに同じ会津駒ヶ岳でさえ、年によってコンディションは千差万別。そうした環境で10年以上にわたってフィールドテストを繰り返してきた鈴木さんだからこそ、ベンチレーションの有効性をあらためて再認識したのでしょう。
さて、この日は予定のポイントまで登ったのですが、以前訪れたときとの景色の違いに驚かされました。圧倒的に雪が少なくヤブが濃いために、とても同じ斜面とは思えません。まあ、雪質は悪くなかったものの、連続してターンを刻めたのは多くて3ターンくらい。あとはワンターンごとに枝をくぐったり、ヤブを払いのけたりしながら、どうにかこうにか滑り降りた次第です。
スキー場の食堂で開発会議
スキー場の食堂で行う、開発ミーティング
翌日は村の中心部にある唯一のゲレンデ、村営檜枝岐スキー場にテスト会場を移しました。午前中は練習中のチビッ子レーサーにまじって、ひたすら整地されたゲレンデを滑りまくり、その後は板を担いで上部の未圧雪バーンを登って滑り、それを2回、3回と繰り返して終了。
昼食後は休止中の食堂を借りて新製品の開発ミーティングです。クルマから製品の入った段ボール箱を持ち込み、2つのテーブルに新作のプロトタイプを広げます。まるで自社の会議室のように村営食堂を使いこなしています。ここ数年は四季折々、通年で遊びに来ているという鈴木さんは村内に友人知人も多く、その豊かな人間関係からも檜枝岐村とTeton Bros.の密接な関係性がうかがいしれます。
Teton Bros. 鈴木さんと、バーニーさん
このタイミングに合わせてアメリカから「BERINGIA(ベリンギア)」の代表、バーニーことロバート・バーンサルさんとスタッフのオウティさんも参加していました。ベリンギアはTeton Bros.の北米パートナーブランドであり、バーニーさんもまた経験豊富なバックカントリースキーヤーで、かつて北米のトップスキーブランドで働いた経験もある人物。そのブランド名には、「ベーリング海峡をまたいで日本と北米の架け橋になる」という意味を込めているそうです。
新作「セラックパンツ」
さて、今回のフィールドテストの大きな目的のひとつには、この秋冬から発売になった新作「セラックパンツ」の最終調整というテーマがありました。主に北米市場のニーズに応えるかたちでTeton Bros.がデザインした高いストレッチ性と通気性を持つスキーツーリング向けパンツ。
昨日のバックカントリーのテストでも全員がこのパンツの最終サンプルを着用し、この日はその意見交換に時間を割いていたのです。歩きやすさや膝の動き、通気性、裾の仕様、ポケットの位置や形、ウエストの仕様、シルエットなどなど、主にベリンギアのふたりとガイドの平野さんの3人が意見を述べ、それに鈴木さんが応えるというやり取りが続きます。実は、こうしたやりとりの一部は、昨日のバックカントリーフィールドでも繰り返されてきたことでした。
「やはり、同じ雪山で一緒に行動しているわけですから、気づいた点があればその場で伝えられます。たとえ細かい部分や何気ないことでも、遠慮することなく伝えることができる。もしかしたら製品開発に必要のない意見もあるかもしれないけど、それは僕が判断することではないので、ともかく、気づいたら伝えるようにしています」とガイドの平野さん。
Teton Bros.鈴木さんと、ガイドの平野さん
平野さんはこれまで10年近くにわたってTeton Bros.のウエアを着て活動し、常日頃からウエアの改良に役立てるように意識して製品を使ってきたといいます。そのうえで、「今のやり方はとても理に叶っていると思う」と。「もしも東京のオフィスでのミーティングだったら、そのぶん感覚が薄れるし、時間が経つことで自分から意見を取捨選択してしまうかもしれない」と平野さんは言います。
ほかのアウトドアブランドにあって当たり前の、ガイドやアスリートからのフィードバックレポートもTeton Bros.には存在しません。あくまで現場で一緒に行動しながらの、対面での対話を重視するスタイルを取っています。
「デザインや機能のほとんどは机上でしっかり詰めてきているので、あとはそれがフィールドで機能するかどうかを確かめるわけです。同じ条件下で一緒に行動しますから、いつも僕はみんなの動きを見ています。そこに何らかの不具合を見つけたとしたら、どこをどう直せばいいのかおよそわかっています。たとえば、前を歩く人の膝周りがダブついていたら、少し詰めたほうがいいな。それには膝裏の生地を何ミリカットして……といった感じです」
もちろん、フィールドテスト中に出た意見や、改良が必要だと感じた点は、鈴木さん自身がオフィスで記録に残しているといいます。フィールドでの行動中は、iPhoneのMemoアプリに英単語でメモするとのこと。いちいち漢字に変換しなくていいので、早くて簡単なのだそうです。
雪中テント泊のミーティング
3日間のフィールドテストを終えた翌日からは、「Teton Bros. Off Site Meeting」と題したディーラーミーティングが開かれました。これは全国のTeton Bros.正規販売店のスタッフ有志とTeton Bros.のガイドたちが檜枝岐に集まり、2日間にわたってバックカントリーツアーを楽しみながら、新製品を試して、意見交換しようという趣旨のイベントです。
ユニークなのは、雪のフィールドにテントを張っての1泊2日だということ。もちろん、装備はすべて自分持ちです。つまり、このミーティングに参加するためには、厳冬期の雪中テント泊とバックカントリーを滑るという両方のスキルと経験を持っていることが条件でした。高速道を降りてからも下道を2時間走るという交通事情の悪い檜枝岐ですから、なかには遠方から2日掛かりでドライブしてきた人も少なくありません。
ディーラーミーティング
初日の雪上ミーティングという名の宴会
初日は尾瀬に向かうつづら折りの道が始まる七入地区まで移動して、そこで全員で雪を踏み固めてテントを設営。その後は、参加者に新作セラックパンツの最終サンプルや新登場のミドルレイヤーが配られ、それを着用した上で近場のバックカントリーで軽く足慣らし。その後はテントサイトに戻ってビールを開けてミーティングがスタートしました。
翌日はスノーキャット(圧雪車)に乗車して尾瀬燧ヶ岳の登山口に移動し、そこから山頂方面を目指して北斜面をハイクアップ。残念ながら、天候悪化で途中まででしたが、暖冬の少雪時期ながら、やはり、標高の高い場所にはそれなりにいい雪があり、そこを滑ることができただけでも楽しい1日でした。
決して遊び半分なのではなく
専門店スタッフといういわばプロの目利きが集まったわけですから、当然ながらこの2日間もさまざまな意見交換が行われたことは言うまでもありません。専門店のスタッフにとっても、都内の展示会場で説明を受けるより、雪山の現場で実際に着用しながら、開発したデザイナーと直接意見を交換できるわけで、それが店頭での接客に大きく役立つことは言うまでもないでしょう。
「現場からのアイデアが大事なので、フィールドにいる時間は長くなりますよね。結局、オフィスでの仕事というのはフィールドで思いついたアイデアを紙やパソコンに書き写すだけですからね。まあそれでも、自分たちが山で遊ぶ手段としてこの仕事に就いたわけですし、そのスタンスはいつまでも大事にしていかなきゃと思っています」と語る鈴木さん。
ディーラーミーティング2日目のツアー
Teton Bros.代表・鈴木さんの滑り
この数日間は仕事とはいえ、毎日毎日、美しい森や雪山を歩き、思う存分パウダーを滑り、ビールを飲んで、マニアックな共通の話題で盛り上がったという見方もできます。けれども、いい大人が自然のなかで本気になって遊んで、真剣に語り合うからこそ、どこにも忖度しないリアルなアウトドアウエアが生まれるように思えます。
結局のところ、アウトドアで頼りになるウエアは、アウトドアを遊び倒した人がつくり、アウトドアで本気で遊べる人たちがそれをお客様に伝える。遊び半分ではなく、遊び全部です。それが健全なアウトドアビジネスの世界なのだと思えてなりません。
フィールドテストにより使いやすさをよりアップデートした、Teton Bros. のフラッグシップモデル
TB Jacket(ティービージャケット)
Teton Bros.(ティートンブロス)/TBジャケット
詳しく見る寺倉 力(てらくら ちから)
編集者+ライター。三浦雄一郎が主宰するミウラ・ドルフィンズに10年間勤した後、「BRAVOSKI」編集部員としてモーグル、フリースキーに長く携わる。現在、編集長として「Fall Line」を手がけつつ、フリーランスとして各メディアで活動中。登山誌「PEAKS」で10年以上インタビュー連載を続けている。