新しい生活スタイルとフィールドの距離を縮める、ものづくりの力
YAMAPがティートンブロスにお願いをして実現した、YAMAP別注品ができ上りました。山から街までシームレスに使えるパンツと、最近愛用者が増えているショートゲイターの2点です。
今回の別注商品を作ることになったきっかけや、商品ができるまでのいきさつ、商品に対する思いやこだわりなどを、ティートンブロス代表の鈴木紀行(すずき・のりゆき)さんと、YAMAPの清水直人(しみず・なおと)の2人が振り返ります。
(インタビュアー:YAMAP 清水直人、記事:小川郁代、撮影:鈴木千花)
清水:今回の別注企画は、私たちYAMAPからティートンブロスさんに、「欲しいものが世の中にないから作りたい」と、協力をお願いしたのがきっかけでしたね。
鈴木:そうですね。最初、別注をやりたいという話をもらったときに「売れるものを作れって言われても作れませんよ。でも本当に欲しいものが頭のなかにあるんだったら、それを現実のものにするために力を貸すことはできます」って話したのを覚えてますか?
清水:もちろん覚えています。私たちは「こんな時にこういう風に使えるものが欲しい」という、ある程度明確にイメージするものはありました。しかし、実現させるための具体的なノウハウはありません。それをかなえてくれるのは、ティートンブロスさんしかないと考えてお願いをしました。
鈴木:他にもメーカーさんはたくさんあるのに、どうしてうちに声をかけてくれたんですか?
清水:YAMAP STOREで取り扱いしているツルギジャケットしかり、他にはないものを新しい発想で創り出すなら、ティートンブロスさん以外にはないと思いました。机の上で終わらせるのではなく、必ずフィールドに行って試すという姿勢が、製品の微妙なところに違いとして現れるということを、これまでにも実感していましたから。
スマートランパンツ誕生のきっかけ
清水:スマートランパンツを作るきっかけになったのは、他でもないコロナ禍の影響です。
以前のように気軽に山に行けない状況が続く中、YAMAPユーザーさんの行動にも変化がありました。多くの人が、少しでも体を動かしたい、山に行けるようになったときのために、体力を落としたくないと考えたようで、活動日記にも、登山やハイキングだけでなく、散歩やランニングといった内容が増えてきました。ダウンロードなしですぐに活動を記録できる「ランニング・ウォーキング機能」をYAMAPに追加搭載したのも、こういった状況を受けてのものです。
実際に私も、仕事が終わってから、夜ランニングをするようになったんですが、ほんの1時間くらい走るためにわざわざ着替えて、戻って来てまた着替える。週末ちょっと山に行くときも、また違うパンツを履く。普段用、ランニング用、山用と、パンツを履き分けているわけです。本格的にやるならもちろん専用のものがいいんでしょうが、身近なエリアを中心に動くなら、すべてを一つでまかなえる、もっとシームレスに使えるものがあってもいいんじゃないかと考えたのが始まりです。
鈴木:YAMAPさんの要望を聞いて、うちからコンセプトを提案させてもらいました。
山から街まで、いろいろな場面で使えるものを作りたいということでしたが、全部を満たそうと思うと無理がある。本格的な装備が必要なアルパインシーンや、ドレスコードのあるようなレストランに行くときに使うことは考えずに、思い立ってすぐに行ける範囲ならどこにでにもふさわしく、走る、登るなどの基本的な動作をすべてストレスなくできる」というものを目指すことを提案しました。
清水:まさにそこが、私たちが欲しいと思っていたものでした。そのほかにYAMAPからお願いしたことは、スマートフォン専用ポケットを作ること。それから、手ぶらで出かけられる範囲を広げるために、必要最低限のものが収納できるポケットが欲しいと伝えました。着心地や動きやすさ、素材のセレクトなど、アウトドアウェアとしての基本的なところは、プロにお任せするつもりでしたので、何も言わなかったように思います。
鈴木:ちょうどそのころ、新しい素材を開発していたのですが、それがYAMAPさんの要望に、うまくマッチすると直感しました。フィールドで使うなら、雨に降られることも多いから撥水性はマスト。いろいろなシーンで使えるということは、使う頻度も洗濯の回数も増える。もちろん耐久性や、汗の処理、肌触りのよさも欠かせません。
この素材は、かなり薄手のソフトシェルですが、水を汲むこともできるほどの超撥水加工がされています。通気性も損なわれていないので、着心地もいいし乾きも早い。テント泊などで多少濡れても、そのままシュラフに潜り込めば体温ですぐに乾きます。しかも、染色と同時にナノレベルで撥水加工を行なうので、繊維の奥まで効果が行きわたって、洗濯を繰り返しても効果が長期間持続します。
この加工が国内でしかできないため、生機をわざわざ一度国内に入れて、染めと撥水加工を行なってから、海外に運んで縫製をします。通気性が高くて、水を入れて圧力をかけると霧状になることから、東京オリンピックの暑さ対策でミストを出すのにも使われるそうです。北京オリンピックで、記録が出すぎて使用禁止になった、レーザーレーサーという水着にも使われていた撥水加工なんですよ。
デザイン面で重視したのは、街でも使いやすいように、見た目をできるだけシンプルにすること。ディティールやパーツ選びだけでなく、縫い目や切り替えをできるだけ少なくすることで、アウトドアウェアの無骨さを消し、シンプルできれいな印象を目指しました。
そのために取り組んだのが、ひざ周りのデザインです。普通はひざに立体感を出すために、ダーツや切り替えをつけるんですが、見ていただくとわかるように、ちょっとギャザーが寄っているだけですよね。これは、前と後ろで長さの違うパーツを縫い合せることで、ダーツなしでひざがスムーズに動くような立体感を出しているんです。
これの何がいいかというと、縫い目や生地の重なりがなくしなやかなので、長時間運動していると、その違いが疲労度や快適性に顕著に表れてきます。もうひとつ、縫い目がないということは糸切れやほつれなどもないので、耐久性にも大きく貢献します。先シーズンの春夏に展開した「ランパンツ」という商品があるのですが、そこで採用したパターンをベースに考えました。
清水:実際に山で試してきましたが、とにかくこのひざ周りの動きやすさは、大変気に入りました。ストレッチのパンツは、動いたときに伸びていることを、ひざで感じますが、このパンツは動きに合わせてついてくる不思議な感覚なんです。
そのため、ひざにまとわりついて煩わしいことがなく、ストレスなく自然に歩ける感覚には本当に驚きました。
鈴木:ソフトシェルのストレッチ性というのはあくまでも補助的なもので、できれば伸びない生地でも動きやすいものであるべきなんですよね。ポリウレタンの比率を多くすればいくらでも伸びる物は作れますが、使っているうちにひざだけ伸びて型くずれしてしまう。パターンさえしっかりしていれば、必要以上の伸縮性はなくていいと考えます。
うちでは、全ての商品で共通して、R.O.M(レンジオブモーション)といって、可動範囲を邪魔しないということを重要視しています。最初のサンプルは、シーチングというまったく伸びないシーツのような生地で作るんですが、その状態でも動きやすいか、パターンを徹底的にチェックします。
清水:スマートフォン用のポケットも、すごく使いやすかったっです。大きめのスマホでも、動いていて意外なほど気になりませんでした。
鈴木:お尻のえくぼの位置にくるようにデザインしてあるからです。ここは足の動きに影響を受けにくい場所なので、邪魔にならず出し入れもしやすく、ベストな場所だと思います。ファスナーは、存在感のない、スマートなコンシールファスナーを使いました。
センターポケットは、里山のハイキングや近所のランニングくらいなら手ぶらで出かけられるように、行動食やウインドシェルが入る容量があります。思い立ったらすぐに、いろいろ準備に時間をかけずに出かけられるよう、ある程度のものが入れられて、多くのアクティビティで使えるように考えました。
YAMAPさんの要望に合わせて、アクティブな運動に支障がなく、街でも使いやすいように、長すぎず短すぎずの9分丈にしています。見た目がシンプルなので合わせるものを選ばないし、襟付きのシャツやジャケットを合わせれば、よっぽどの店でなければ入店を断られることもないでしょう。
シンプルだけれど、履き心地のいいものができたと思っています。私たちは冬山もやりますが、履き心地のいいものって結局、山から下りてもずっと履いてるんですよね。そういうパンツの春夏版になってくれればいいと思っています。
アクティブゲイター
清水:ショートゲイターは、それほど多くの商品があるわけではありませんが、トレイルランニングやファストパッキングなど、山でローカットシューズを使うアクティビティには欠かせない、隠れた人気商品だと思います。ただ、どの商品にもいろいろと課題があり、なかなか難しいアイテムであるのも事実です。
本格的な山に行きづらい状況のなか、低山のハイキングなどに出かける機会が増えたことや、最近はアプローチシューズやトレランシューズなど、ローカットシューズで山を歩く人も増えています。雨の後などぬかるみを歩くとパンツの裾まで泥だらけになるし、露でシューズの中が湿ってしまうことや、砂や小石がシューズに入り込むストレスもある。今後ショートゲイターは、登山やハイキングでの需要も広がると思い、もっといいものが作れないかとご相談しました。
鈴木:以前に、ランニングシューズのアルトラさんとのコラボレーションでショートゲイターを作った実績があったので、それをベースに開発をすすめました。しかし、YAMAPさんのオーダーがなかなかの難題で、かなりの試行錯誤を繰り返しました。
清水:YAMAPからリクエストしたことは、既存の製品で不満に感じている点を解決することでした。
まずは取りつけに手間がかかること。重くてゴワゴワと硬く、サイズのわりにかさばる物が多いのも気になりました。また、黒やグレーなどの地味なカラーが多いので、コーディネートのアクセントになるような、楽しんで使えるものができたらベターだとも思いました。
アルトラさんと作られたモデルがかなり私たちの理想にも近かったので、それをベースにできたことはとても良かったと思います。一番気に入ったのは、靴底にワイヤーなどを通さずに、ワンアクションで付けられることです。ただ、アルトラはシューズのかかとに面ファスナーが付いていて、そこにゲイターを取り付けて固定するので、面ファスナーがない一般のシューズには使えません。そこで、ワイヤーを使わないこのスタイルを、どんなシューズでも使えるようにしたいというお願いをしました。
鈴木:面ファスナーなしで、どうやって、できるだけゲイターをずり上がらせないように保持するかが、最大の課題でした。基本的な形状はアルトラのモデルを踏襲し、いろいろな方法を試した結果、最終的に面ファスナーに代わるものとして、後部に硬さのあるボーンを入れる方法に落ち着きました。
下部の周囲に太いストレッチテープを付けて、両サイドに強い伸縮性が出るようにしました。全体をストレッチだけで固定するのは限界があるので、後部に入れたボーンで強さを補強しています。テープには滑り止め加工をして、シューズへの密着度を高めました。
難しいのは、シューズのサイズや形、素材が同じではないことです。前のフックをかける位置でサイズ調整をしますが、ボリュームや形、レースの位置やアッパーの素材などがバラバラなので、かなりいろいろな種類やサイズのシューズで試して、ベストな形を探りました。シューズは左右で形も違うし、一見シンプルな形に見えますが、実際にはかなり複雑な形をしています。
清水:私も、ファーストサンプルから何度か試しましたが、そのたびに安定感が増して行くのがわかりました。
鈴木:シューズによって履き口のクッションやタンのボリュームが違うので、それに対応するようにサイドファスナーを付けました。また、パンツの裾も素材や形によってかなりボリュームが違うので、サイズ的に余裕がない場合がありました。
内側にマチを付けて、ファスナーをロック機能付きにして、途中まで開けた状態でも使えるようにすることで、ローカットだけでなくミドルカットなど、幅広いシューズに使えるようになりました。着脱もしやすくなって、一石二鳥です。
ただ、最初に希望として聞いていた、シューズを履いたままで着脱できるという条件は、残念ながらかなえられませんでした。ファスナーをフルオープンにすると、下部の締め付け感を充分に確保できず、ワイヤー無しで保持することが難しかった。どうしても靴に合わない場合のために、別売りのワイヤーなどが通せるアイレットも付けました。
清水:素材はスマートランパンツと同じものなんですよね。かかとのところに入っているボーンは、何の素材ですか?
鈴木:パンツと同じソフトシェルです。撥水性が高いので水たまりに突っ込んでも平気です。手軽に洗えるし、使いやすいと思います。また、通気性が高いので、付けたままで快適に過ごせるし、素材が柔らかいから、ネックゲイターを下げるようにずらしておくこともできます。
ボーンは、ジャケットのフードに入れるものを使いました。いろいろ探したんですが、意外にも身近にあるものがぴったりでした。軽くて丈夫で、ほどよい弾力があり、水に強くて生地との相性もいい。太さもちょうどよくて、アイゼン用のコバに引っかけると、安定感をさらにアップさせることができます。
世の中のすべての靴に合うことはないでしょうが、これが今私たちにできることの完成形です。
清水:ここまでやっていただき、私たちも満足しています。ユーザーのみなさんにも、きっと喜んでいただけると思います。本当にありがとうございました。
鈴木:濡れや汚れ防止はもちろん、くるぶし周りのけが防止や、ヒルの多い場所に出かけるときにもぜひ使ってください。これをスタートに、ロングゲイターなどいつかバリエーションも作れると面白いですね。
Teton Bros.(ティートンブロス )/YAMAP別注商品
鈴木 紀行(すずき のりゆき)
Teton Bros. founder 全国高校サッカー選手権3位の実績を持ち、教師を目指していたが、日本の教育制度に疑問を感じ始めた大学4年の秋、アメリカで ”アウトドア・インストラクター” という肩書きの体育教師の募集を見つけ、単身アメリカ、ワイオミング州へ。冬の間、休日にはホストファミリーが朝一番で、Jackson Hole のスキーに送り届け、 リフトが終わる夕方に迎えに来る。お金も移動手段もないので、迎えが来るまでスキーをするしかしない。リフトで一緒になったローカルが Tommy Moe と聞いても誰かすらわからない。が、持ち前の運動能力で、気づけばパウダーが大好きなJackson Holeのローカルになっていた。帰国後、スキーやアウトドア・ウェアの輸入販売を始め、その頃からウェアの開発にも興味を持つようになった。日本に合ったウェアの開発を依頼し自らアドバイスも行なったが、自分の理想とするウェアを作ろうと、Teton Bros.を立ち上げた。