「NEVER STOP EXPLORING」を実践しつづける、THE NORTH FACEの歩み
アウトドアブランドの代表格「ザ・ノース・フェイス」。現在は高所登山からライフスタイルまで幅広くカバーするアイテムを取り揃える総合ブランドとして親しまれていますが、その歴史やものづくりに対しての姿勢や哲学については、あまりよく知らないという方もいるでしょう。アメリカのアウトドア文化の黎明期を支え、世界的に展開するグローバルブランドへと成長するまでのヒストリーから最新のアイテムまで、ブランドマネージャー・山下浩平さんに伺いました。
(インタビュアー:清水直人、記事/写真:小林昴祐)
アウトドアブランドからエクスプロレイションブランドへ
―50年以上にも及ぶ歴史を持つザ・ノース・フェイスですが、ブランドの成り立ちについて教えてください。
ブランドの歴史は1966年にアメリカ・カリフォルニア州で、ダグラス・トンプキンスが登山ギアを扱う小さなお店「ザ・ノース・フェイス」をオープンしたことからはじまります。のちの共同経営者となるケネス・ハップ・クロップが1968年にこの店を購入したことをきっかけに、アウトドアメーカーとしての道を歩みはじめます。
当時のアメリカは、反戦活動によるカウンターカルチャーが生まれた時代。ヒッピーと呼ばれる若者たちを中心に世界平和や戦争反対を訴える活動や自然回帰の流れが広まり、街を離れて自然の中に戻っていく活動が盛んでした。
そんな歴史やカルチャーを背景に、世界平和や環境保全といったメッセージと自然に挑戦する人たちの冒険をサポートする形でブランドは成長していきました。
―激動の時代の中で生まれたブランドだったのですね。創設当初はどのような製品があったのでしょうか。
ブランド第1号となった製品はスリーピングバックでした。今ではどのメーカーのスリーピングバックにも当たり前のように表記されている「最低使用温度」を記載したことで話題となったようです。当時はアウトドアギアといっても今のような高性能のものはなく、アクセスできる場所に限りがありました。より遠くへと冒険するために、新しいギアが開発されていきました。
70年代には、「オーバルインテンション」と呼ばれる史上初のドーム型テントを開発。それまでは三角形のテントが主流だったのですが、建築家のバックミンスター・フラーによる「テンセグリティ理論」(張力を利用し少ない材料で強度を保つ構造)を用いることで、より居住空間を大きく、かつ耐久性の高いテントを発表しました。
80年代にはさらに製品群は拡大し、今でいうブランドのフラッグシップラインであるSUMMIT SERIESの前身となる「エクスペディションシステム」と呼ばれるヒマラヤ山脈や未踏の地と言われる場所への遠征をターゲットにした高機能ウェアのセットを提案しました。
1985年にデビューした肩部分を黒に切り替えるカラーブロッキングのデザインで有名なロングセラー「マウンテンジャケット」はそのひとつ。「ジップインジップ」という、ジャケット内にフリースなどの防寒機能のあるウェアをアタッチできる機能を搭載した画期的なジャケットでした。このジャケットはヒマラヤの高峰をアタックするために開発されたものです。
2000年代に入ると、さまざまなフィールドに対応できる機能追求型のアイテムに加え、ライフスタイルで活躍する汎用性の高いアイテムの2つの軸をさらに拡張し、今日に至ります。
―まさに「NEVER STOP EXPLORING」というブランドのタグラインのように、探究心を持って常に新しい製品の開発がされてきたのですね。
アウトドアブランドなのにライフスタイル向けの製品を開発しているのも、人生のさまざまなシーンにおいて常に何かに挑戦することや、何かに興味を持って行動するという考え方は、フィールドだけではないと考えているからです。
例えば、アーティストの方であれば作品を生み出すことも探究ですし、仕事をしている人であれば日々の成果を上げることも挑戦。もちろんアスリートがエベレストを登るということも挑戦です。
ザ・ノース・フェイスの製品を手に取ってくださるユーザーは、山だけではなく日常でも使っていただく方も多くいらっしゃいます。そういった意味でもアウトドアブランドという枠を超えて、フィールドもライフスタイルも、ベビーからシニアまで幅広い方々に対応できるブランドへと成長してきたと言えるでしょう。
その考えをより発展させ、2020年からはあらゆる物事に挑戦する人たちを応援し、サポートする「エクスプロレイションブランド」をスローガンに掲げ活動しています。
―日本国内でザ・ノース・フェイス製品を取り扱うのはゴールドウィンですが、日本での輸入販売から独自の商品開発に至るまでの経緯を教えてください。
日本で輸入販売がはじまったのは1978年。のちに1996年にザ・ノース・フェイスのライセンスを取得し、日本のマーケットに向けた商品の開発がスタートします。それまではアメリカで企画された製品を輸入して日本国内で販売していたのですが、これをきっかけに日本のフィールドやライフスタイルに合った製品として新たに企画・開発するようになりました。
ちなみに、ゴールドウィンはもともと津澤メリヤス製造所という小さな工場から始まり、靴下やセーターなどを作っていました。先代の社長たちはものづくりに対するこだわりと、自社工場による生産上での技術をしっかりと持ち合わせていました。その、メーカーとしてのものづくりへのこだわりが、ライセンスを取得する際の交渉でもお互いの理解を深めたのだと聞いています。
日本のザ・ノース・フェイスは世界的に見てもユニークです。アメリカのブランドでありながら、日本国内においては日本のユーザーのために独自の開発を行っています。海外のストーリーを日本で作っていることは、ほかのブランドにはないポイントだと思います。
―ザ・ノース・フェイスには数多くの歴史的な製品がありますが、ブランドが注目されるきっかけになったアイテムはありますか?
いくつかあると思いますが、ひとつは「ヌプシジャケット」でしょうか。1992年にエクスペディション向けに開発された高機能ダウンジャケットなのですが、当時のニューヨークの一部のラッパーたちが着用したことで、ファッション的な視点で評価されました。「街でオーバースペックなアイテムを着る」というスタイルが成功の象徴でもあり、憧れに繋がったのだと思います。90年代はファッションとして注目されることも多く、模倣品も出るほどのブームとなりました。
―製品開発の上で大切にしていることはありますか?
やはり、これまでの長い歴史の中で培ってきたテクノロジーでしょうか。加えて、「何のために作っているのか」「それを作ることでユーザーにとってどんなメリットがあるのか」といったブランドとしてのミッションを考え、製品開発に取り組むことです。
簡単な例で言うと、ゴアテックスという高機能素材がありますが、さまざまなアウトドアメーカーが使っていますよね。そこで私たちは何で差別化するかというと、どのような目的を製品にもたせるか、なんです。単純にデザインが違う、形が違うのでなく、ユーザーの目的を考え、ブランドとしてのメッセージを込めたものづくりをすることが大切なのだと考えています。
ハップ・クロップは、「ジャケットや寝袋を作ることが我々の仕事ではない、世界を変える事だ」とよく口にしていました。ただ製品を作ることが目的になるべきではない。製品を介して自然に触れる機会や興味を持ってもらったり、それを使って新たな挑戦や経験をしてもらったりすることが我々の大切にするべきことだと。そういう意識や目的を持って取り組んでいます。
—長い歴史を誇るザ・ノース・フェイスですが、今、とくに注力していることは?
サスティナビリティへの取り組み活動ですね。ブランドとしては、環境保全を目的とした寄付やリペアサービスなど、持続可能な社会への貢献はずっと行っているんです。今はリサイクル素材や環境に優しい素材の活用なども、より一層力を入れる取り組みのひとつです。
これまで、サスティナビリティや環境に対する活動について、あまり発信していませんでしたが、今は積極的に発信していく必要があると感じています。持続可能社会の実現のためにキュレーションサイト『window』(https://www.goldwin.co.jp/tnf/special/window/)を2020年に開設し、我々の環境問題に対する様々な取り組みをお伝えしています。
環境に配慮したものづくりもはもちろん、情報も含めて環境に対する取り組みをどんどん今後配信したいと考えています。
―どのようなユーザーに、ザ・ノース・フェイスの製品を使ってほしいと考えますか?
ベビーからシニアまで幅広く、ですね。
以前、ザ・ノース・フェイス製品の購買情報を分析したところ、90年代に当時思春期のタイミングでブランドに憧れを持ってくれていた人たちが歳を重ねて30代、40代でもう一度ザ・ノース・フェイス製品を手に取ってくれているということがわかりました。
どの世代にとってもメリットがあり、好きなブランドでありたいと思っています。そのためには、私たちの思いをどのように伝えていくのか、どのようなきっかけを作っていくかが課題です。「かっこいいから」と「マウンテンジャケット」を手に取ってくださるユーザーも多いのですが、製品が作られた背景やストーリーもぜひ知っていただきたいと思っています。
ザ・ノース・フェイスの製品は、テクニカルなものからライフスタイルまで幅広いラインナップが揃いますが、汎用性の高さも魅力だと感じています。普段も使えて、山でも使えるアイテムも、今求められていると感じています。山も街も分け隔てなく製品開発をすることが、「エクスプロレイションブランド」としてあるべき姿なのではないかと考えています。
ザ・ノース・フェイスが培ってきた技術を注ぎ込んだアイテム
―今シーズンよりYAMAP STOREでザ・ノース・フェイスの取り扱いがはじまりますが、特徴的な商品について教えていただけますか?
アクティブインサレーション「フューチャーライトベントリックスジャケット」
まず、「フューチャーライトベントリックスジャケット」です。このアイテムは、簡潔に言うと通気性のある防水素材を使用したアクティブインサレーションです。
今までの防水素材は、透湿性はあっても風を通さないため、ウェア内がどうしても蒸れてしまう。その課題を解決したのが、フューチャーライトと呼ばれるザ・ノース・フェイス独自開発の素材です。
通常の防水透湿素材は、塗るコーティングやシート状のラミネートにより防水膜を形成するのですが、フューチャーライトでは、ミクロレベルのポリウレタン繊維を吹き重ねることでシート状にしています。この仕組みにより、ナノレベルの繊維の隙間ができ、優れた通気性を実現しています。また、使用している中綿には、可動域と熱がこもりやすい部分に縦のスリットを入れており、動くと開き、中綿の間にもしっかり空気が通るようになっています。
この製品の登場により、通常であれば防水のシェルとインサレーションを使用するところを、1枚で同じ効果を得ることが可能になります。レイヤーを減らす、着脱を減らす、荷物を減らすことができるのです。
ドライとベースレイヤーを1着で解決する「オルタイムホットクルー」
2つ目の「オルタイムホットクルー」は、地厚なカットソー。繊維メーカー帝人が開発したオクタという表面積が広い繊維を使用しているのが特徴です。表面積が広くなることで空気に触れる面が増え、汗や濡れが早く乾く仕組みになっています。この一着は厚手のアンダーと速乾カットソーの役割を果たすので、レイヤーを減らすことができます。
襟を高めにすることで肌着(アンダー)感を出さず、自然に1枚でも行動できるようにと外見にもこだわって作っています。
通気性を備えた防水アクティブインサレーション「フューチャーライトベントリックスジャケット」と速乾性抜群の地厚のカットソー「オルタイムホットクルー」の組み合わせは、防水シェル、インサレーション、ベースレイヤー、アンダーの4着分の機能を備えています。最大のメリットはレイヤリングを減らすことで重ね着による運動性を向上することができる、革新的なアイテムになっていると思います。
快適性とスタイルを楽しむ「ベントリックスシャツ」
こちらもベントリックスを使用したシャツ型のアクティブインサレーションです。スノーアクティビティを想定し、ビブと組み合わせて着ることを意識した設計となっています。
なぜシャツ型なのかというと、スキーやスノーボーダーは、滑りを楽しむだけでなく、ラインの綺麗さやルートの美しさというスタイルにもこだわりを持つ人が多い。そういった点で、ビブを脱いだ時に山小屋の中や普段の生活でもおしゃれに着こなせるようなデザインを採用しました。
ビブと重ねたり、バックカントリーではパックを背負ったりすることから、背面はベントリックス綿を抜き、オクタフリースを使用することで更なる通気性を確保。また、毛抜けしにくいダブルラッセル構造のフリースを半裁したものを採用し、マイクロプラスチック問題など環境への配慮も考えられています。
革新的なチューブ状ダウン構造ジャケット「50/50ダウンプル」
通常のダウンジャケットは生地でボックスを作り、そこにダウンを入れる構造となっていますが、この「50/50 ダウンプル」は、毛抜けしないように通気度を抑えたチューブ状の生地にダウンを入れたものを通気する表地に縫い付けるような仕組みを採用しています。ダウンの保温性と生地の通気性という、両立が難しい課題を解決した画期的な構造です。
私はゲレンデスキーでメリットを実感しました。意外と身近なアウトドアシーンという意味で、移動の車から着用、リフトに乗る時は止まっているので暖かく、滑っている時は動くのでしっかり風を通してくれて快適でした。ずっと着ていられるダウンジャケットというのは貴重ではないでしょうか。
ザ・ノース・フェイスの象徴「マウンテンジャケット」
「マウンテンジャケット」は1985年にはじまり、改良を重ねながら販売されつづけているロングセラーモデルです。素材は発売当初からゴアテックス。いわゆる防水透湿ジャケットのパイオニア的存在なのですが、ザックや岩とのスレに対して補強する目的で肩や肘などの摩耗する部分に黒の補強素材をあしらう特徴的なデザインをはじめ、腕上げのしやすい立体シルエットなど、基本的な構造は変えずに、裏地素材をパンチングでメッシュ状にして透湿性を高めたりと、素材や機能をアップデートしています。
内側にジッパーを設け、フリースやダウンと組み合わせることのできる「ジップインジップシステム」を採用したモデルでもあります。複数のウェアが1着になるという、当時はかなり画期的な仕組みでした。
1985年からはじまり、見た目は多少変わりつつも同じ名前で、同じデザインというプロダクトがいまだに展開されていることはすごいことだと思います。ブランドのDNAを受け継いだアイテムですね。
—ありがとうございました。これからも取り扱いアイテムを拡大していく予定です。製品はもちろん、開発の意図や込められた思いも伝えていければと思っています。
ブランドマネージャー・山下 浩平(やました こうへい)
1983年東京都出身。中学、高校をドイツ、大学をアメリカで過ごしサッカー三昧の学生生活を送る。帰国後外資系企業でのヘッドハンターを経て、出会ったクライミングに魅了されて(株)ゴールドウインに入社。以後ザ・ノース・フェイスの企画としてアパレル企画を担い、日々ブランドの未来を模索している。「ONE LIFE, ONE CHANCE」という言葉を胸に常に探求する事を目指し、創設者の1人であるハップ・クロップの真意である「我々の仕事はジャケットを作る事ではなく、世界を変える事」を実行するべく奮闘している。