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読みもの

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PaaGoWORKS(パーゴワークス)の軌跡とその先に目据えるもの ユニークなアイテムの数々を産み続けるブランドのモノづくりにかける想いとは?

by akiko omuro
PaaGoWORKS(パーゴワークス)の軌跡とその先に目据えるもの

デザイナーの目線で、ジャンルの垣根を超えた物作りを続ける、PaaGoWORKS(パーゴワークス)の、誕生までの軌跡とその先に目据えるもの

2011年に誕生したアウトドアブランド「パーゴワークス」は、既成概念にとらわれない非常にユニークなアイディアで、自然の中で仲間や家族と楽しく過ごすための道具を生み出している。創業から8年とブランドとしては若手だが、そこに至るまでのルーツには、数々の製品に関わった経験と、新しいカテゴリーをアウトドア界に創造した実績が存在する。

ガレージブランドとも、マスブランドとも違う立ち位置で、デザイナーとしてのモノづくりの姿勢を貫く代表の斎藤 徹氏に、ブランドや商品にかける思いを伺った。

[インタビュアー:春山慶彦、記事作成:小川郁代]

外で遊びながらモノづくりをするのは子どものころから日常的なこと。今やっている事業もその延長。

パーゴワークスが最初に手がけた商品は何ですか?

斎藤:パスファインダーというチェストバッグです。ハイキング中にザックを下ろさなくても、手元で地図を見たり行動食を食べたりできる、ショルダーハーネスにつけられるマップケース内蔵のオーガナイザーです。

パスファインダーの2018年モデル(左)とホーボーグレートワークスの初期モデル(右)

実は最初、2003年に兄(アウトドアライターのホーボージュン氏)と一緒に立ち上げた「ホーボーグレートワークス」というブランドから発売したもので、それをリニューアルして2011年に、パーゴワークスから発売しました。基本的な構造や考え方は同じですが、以前はもっと大きくてパスポートやガイドブックが入る、どちらかといえばトラベル用のものでした。

-当時世の中にチェストバッグというものはありましたか? 2000年ごろのことを思い返すと、今のようにサコッシュもなかったし、カメラを斜め掛けにするくらいで、体の前はがら空きだった記憶があります。

斎藤:なかったですね。まったく新しいカテゴリーでした。高校生のときに競技のオリエンテーリングをやっていたので、山に行くときは手に地図を持っていないと落ち着かない。だから簡単なマップポケットを自分で作って使っていたのが発想のベースです。

-オリエンテーリングがきっかけで山や自然とかかわるようになったのでしょうか?

斎藤:最初は釣りですね。僕ら世代が子どものころ、「釣りキチ三平」っていう漫画がはやって、その影響で釣りがちょっとしたブームだったんです。小学生のとき、自転車で往復6時間くらいかけて青梅とか五日市あたりの上流域まで行って、2時間釣りをして帰ってくるような遊びをしていました。お金がないから、ルアーとかフライとか、釣り用のバッグなんかも自分で作って。今思えば、外で遊びながらモノづくりをするっていうのは、子どものころから日常的なことで、今やっていることもその延長です。

小学生にしてはかなりアクティブですね。ご両親の影響でしょうか?

斎藤:親はまったくやらなくて、いつも友達と行動していました。ただ渓流釣りってなかなか釣れないから、そのうち釣りよりも自転車で山に行くことのほうが楽しくなってきたんですよね。高校生の時、奥多摩全山を自転車で登るという無謀なこともやりました。そのうち富士山に行くようになって、5合目でビバークして、翌朝自転車をかついで8、9時間かけて山頂まで登り、下りは1時間半くらいで下って夕方家に帰る、っていうのを毎年やっていました。20歳のころには、ヒマラヤ山域で自転車で行ける一番高いところに行こうと、ネパールにも行きました。

-それはすごいですね。当時はそういうことをやっている若者は多かったのでしょうか?

斎藤:いや、珍しかったんじゃないかな。でもあのころは、冒険とかアドベンチャーみたいな、今よりももっとロマンチックな言葉がよく使われていて、男の子はみんなそれに憧れていたと思います。

普通の登山をはじめたのはいつ頃でしょう?

斎藤:20代の中頃です。最初は正直ちょっと物足りなかった。気持ちのよさそうなところを見ると、ああ自転車で下りたいって。当時僕のなかでは自転車と山はセットだったので、登山者を見ると、おじさんたち何が楽しいの?と思っていました。もちろん今は違いますけれどね。

自転車がきっかけにはなったけれど、実は遊び方は何でもよくて、友達と週末どうやって遊ぶかがテーマでした。その時にみんなが楽しいと思うことをやるだけ。キャンプもシーカヤックもやったし、リバーカヤックにはまった時期もありました。

かなり幅広いですね。今の日本のアウトドアってすごく縦割りで、登山とトレランで明確にユーザーが分かれてしまっています。キャンパーは山のすぐ近くにいるのにテント場から動かず、山の中に入らない。アクティビティを限定せず、もっと自由に自然を楽しめばいいのになー、と思うことがあります。

斎藤:まったく同感ですね。多分昔は今のように分かれていなかったと思います。僕の周りでも、クライミングをやっている人はカヤックもやるし、冬はスキーもやる。シーズンごとにいろんな遊びをするのが当たり前でしたよ。どれかひとつじゃ、毎週末埋まらなくて退屈しちゃうでしょ。

本業の片手間に作った商品がどれだけ売れても、それは僕にとって成功ではなかった。

「ホーボーグレートワークス」を始めるまで、お仕事は何をされていたのでしょう?

斎藤:20代でデザイン会社に入り、キャンプ用品などアウトドア用品のプロダクトデザインをやっていました。そのうちに、アウトドアとデザインを何とかつなげて仕事にしたいと思い、1998年、28歳の時に独立して「サイトウデザイン」としてフリーランスになりました。

独立後は順調だったのでしょうか?

斎藤:最初はアウトドア雑誌の挿絵やフリスビーの絵柄など、イラストレーターのようなこともしていましたが、そのうちいくつかの大手ブランドのバッグデザインの仕事を受けるようになりました。当時も今もフリーランスのバッグデザイナー、とくにアウトドア用のテクニカルなものをやれる人はほとんどいないので、結構引き合いは多かったですね。

それと並行して、オリジナルの商品を、今でいうガレージメーカーのように自分で縫って売っていたんですが、200個ぐらい作ったところで、これは自分には向いていないと気づいたんです。

もともとデザイナーなので、同じものを何回も作っているとすぐに改良したくなる。ロットのたびにデザインが変わって、1年半でバージョン8にまでなっていました。商品は良くなるけれど、この前買ったものがすぐに旧バージョンになってしまうのではお客さんにも申し訳ない、やはり生産は工場でやってもらい、自分はデザイナーとして生きようと思いました。

まずは大手のバッグデザインをやりながら、3年くらいものの売り方やブランディングのノウハウを勉強したり、工場とのつながりを作ったりしてから、改めて自分のブランドを立ち上げようと考えていたんですが、結局10年以上もフリーランスとして仕事を続けていました。 

オリジナルの商品はよく売れたし、ファンになってくれる人もいたけれど、売れれば売れるほどお客さんの要望にもこたえなければいけないし、メーカーとしての義務も生じる。ところが僕は気持ちがデザイナーなので、生み出すことはできても、育てることに時間も気持ちも割くことができなかった。ブランドを立ち上げたくて独立したのに、大手のデザインが本業になり、本業の片手間にオリジナルの商品を作っているという状況に、長い間フラストレーションを感じていました。片手間に作った商品がどれだけ売れても、それは僕にとって成功ではなかった。

フリーランスのデザイナーとしての仕事はきっぱりとやめ、もう一度ブランドとして立ち上げよう、ユーザーさんとちゃんと向き合ってまじめにやっていこうと、2011年に心機一転、ようやく「パーゴワークス」をはじめたわけです。

-15年も続いた状況から、仕切り直して新たなスタートをきることになった、きっかけはなんだったのでしょう?

斎藤:震災ですね。あの頃みんながそうだったと思うけれど、生きるということは明日も同じ今日があるわけではないことを実感しました。もっとちゃんと生きようって。

それにその時期、世の中がアウトドアや遊びから離れたことに、すごく危機感を感じたんです。みんな今日の生活に必死で、先が見えなくて、引きこもりという言葉を聞くようになって。このままみんな外に出なくなったら、遊びがなくなったら世の中は殺伐としたものになってしまう。自分が道具を作ることで、人を外に連れ出せるかもしれない。だから、「外に出ようぜ、外に出て遊ぼうぜ」というメッセージをこめて、「Pack and go ! 荷物をまとめて出かけよう!」の意味で「PAAGOWORKS(パーゴワークス)」という名を付けました。

-ビジネスとしてのブランドのスタートは順調でしたか?

斎藤:新生パスファインダーは僕の予想を超える売れ方でした。ただ、最初の年は売上の一部を寄付しました。あのとき、アウトドアにかかわる多くの人がボランティアで活躍をしていて、僕らは後ろからその活動を支援したいと思って。売上が好調だったのは、そういう活動が認められたのもあるのかもしれません。

友達や家族が使いやすいと思ってくれるものを作りたい。それがデザイナーとしていいものをつくるっていうことなんです。

-最近の山の様子を見ていて、何か変化を感じますか? 

斎藤:さっき日本のアウトドアが縦割りだという話が出たけれど、それぞれが自分のテリトリーにこもって、他に目を向けなくなってきているんだと思う。今はSNSなどで簡単に同じ志向の人のコミュニティーが作れるから、どうしても排他的になる。なんでも情報が手に入るから、逆に壁を作って、俺はトレイルランナーだとか、ファストパッカーだとか、自分のアドレスが欲しくなるのかもしれません。

僕からしたら、アウトドアなんて遊びなんだから、そんなに難しく考えなくていいという気持ちが強い。だからうちの商品も、トレランやハイキング、キャンプとジャンルもいろいろだし、バッグだけでなくタープや焚火台まで、必要だと思うものはこだわらずに何でも製品化します。

-なるほど。商品ラインナップの幅が広いのは、これが売れそうだというマーケティング的な視点よりも、ご自身の体験やアウトドアの捉え方が影響しているのですね。

斎藤:もちろん商売上アンテナは常にはっていますが、自分が生み出すものにカテゴライズは必要ないと思っています。人から見たら一貫性がないように見えるのかもしれませんがね。

-ブランドとしてこだわっていることは何でしょう?

斎藤:ビギナーや若い人にやさしいブランドでありたいというのが一番です。一流登山家が「8000mで使いました」っていうものじゃなく、始めたばかりの人が「使いやすい」「気にいった」と言ってくれるものを作っていきたい。値段も手ごろでどこででも買えることがコンセプトです。

どんなアクティビティでもそうですが、成長していく過程でエントリー層との距離が乖離してしまうことがあります。例えば90年代にあったマウンテンバイクブームは、ある時を境にマーケット自体がほぼゼロになりました。毎年新商品が出るごとにグレードアップして、価格が上がり遊び方もどんどんコアになっていき、いつのまにか遊び自体が一部のマニアのものになってしまった。趣味である以上、みんなが一生続けられるわけじゃなく、年齢や様々な事情でいつか卒業していく。ビギナーを取り込み続けないアクティビティは、いずれ消滅してしまいます。だから、エントリーユーザーがとっつきやすく、気軽に遊べるようなものを作らなければいけないんです。トレランにはその傾向があって、競技がベースにあるからどうしても上昇志向が強くなる。だから意識してエントリー層に視点を向けたモノづくりをしています。

それに、そもそも僕はデザイナーだから、ブランドで大きくあてたいとか世の中変えてやろうとかではなく、友達や家族が使いやすいと思ってくれるものを作りたい。それがデザイナーとしていいものをつくるっていうことなんです。

社内には、試作品を作るための道具や素材が揃う

-ガレージブランドにあるような、なかなか手に入らない特別感みたいなものではなく、もっと身近にありながら、マスブランドではできないこだわったモノづくりをする、個性的な位置づけのブランドですね。

斎藤:いや、ちょっと身近すぎなんじゃないかっていうのも悩みですよ。コアなユーザー向けの尖ったブランディングなら、影響力のある有名アスリートにマニアックなものを使ってもらえばいい。でも僕らはブランドとしての価値みたいなものを印象付けるのがなかなか難しいポジションにあります。

-ブランディングも兼ね、ユーザーさんとのつながりを持つために積極的にされていることはありますか? 

斎藤:うちでは「プロダクトコミュニケーション」と呼んでいるんですが、道具をつくることで生まれるお客さんとのコミュニケーションを大事にしています。

例えば、さまざまなイベントに積極的に出店するし、会場にミシンを持ち込んで、うちの商品はもちろん、他社のバッグやテント、レインウェアなどの修理をその場ですることもあります。その中で何が求められているか、何を期待されているかを直に感じ取ることができます。それに応え、その人たちのために作るのが、デザイナーとしての僕の仕事なので、それを繰り返すうちに、いつのまにかブランディングにつながればいいと思っています。

僕らのように、ひとつの場所で開発・デザインがすべてできるのは、圧倒的な強みだと思っています。

束になったアイディアシート、いいものはすぐに形に。

-商品開発の流れを教えてください。

斎藤:まずは、スタッフみんなで思いついたことをアイディアシートにすることから始めます。

そこから具体化できそうなものを絞り込んだら、すぐにプロトタイプを作ります。バッグ類はもちろん、鍋でもトングでも、すべてここで。作って、実際に使ってみて、デザインを検討してまた作る。この圧倒的な数とスピードが絶対に重要なんです。

そもそも、量産品のテクニカルなバックパックを作れる開発室って、たぶん日本にはほとんどないんですよ。工場も日本にはない。もちろんガレージブランドはありますが、自分たちだけで、一つの場所で、開発・デザインができるのは、僕らの圧倒的な強みだと思っています。

-例えば「バディ」は、開発にどれくらいかかったのでしょうか?

斎藤:3年くらいはかかりましたね。最初は1本締めのシンプルなパックを作ろうと思ってスタートしたんですが、アンバサダーに使ってもらったり自分たちでも使ったりするうちに、身体側から荷物を出し入れするアイディアを採用することにしました。荷物の量に応じてフラップの位置が変わるのでその調整が難しかったのですが、それこそ何度も細かく修正を繰り返して、今の形ができ上がりました。

バディの試作品の数々。試作を重ねブラッシュアップしていく

-生産は海外で行なっているのでしょうか?

 斎藤:はい。世界中のバックパックの製造は、ほとんどがベトナムの工場で行われます。生産工場は、一流の工場にお願いしたいという自分のこだわりがあって、現在3、4か所の工場を使っていますが、どこも一流の工場です。有名大手ブランドのバックパックもその工場を使っています。よくうちのような小さな会社の製品を作ってくれていると思いますよ。工場とは1日に数えきれないくらいやり取りをして、徹底的にコミュニケーションをとります。工場との付き合いは僕らの生命線ですからね。

 -なるほど。では最後に、今後の目標を聞かせてください

 斎藤:100年続けること。ちょっと長期的すぎですかね。

もう少し近いところなら、海外展開かな。パーゴワークスのロゴマークのモチーフである手裏剣のように、世界にも通用する日本の道具として海外で受け入れられるのが目標です。

若手スタッフと。ベテランチームは隠れてしまった

■ profile

斎藤 徹(さいとう・てつ)

アウトドアブランド"PaaGoWORKS"代表(元HOBO GREAT WORKS)代表。パーゴワークスは2011年にスタートした日本のアウトドアブランド。商品の開発コンセプトは"実践的かつ実験的"。徹底したフィールドテストにより機能性を追求しながらも、既成概念にとらわれないユニークな商品開発をしている。ブランド名のPAAGOは ''Pack and go!'' を略した造語。「さあ、荷物を詰め込んで出かけようぜ!」という旅立ちのメッセージを込めています。

PaaGoWORKS(パーゴワークス)

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