トレッキングパンツ新定番・カミノパンツ開発秘話。誕生までの裏話を開発担当者に聞きました!
ファイントラックは、登山を中心とするあらゆるアウトドアアクティビティに欠かせないウェアやギアを国産にこだわって開発・製造しているアウトドアブランド。肌をドライに保ってくれるベースレイヤー〈ドライレイヤー〉やストレッチ性に優れるレインウェア〈エバーブレスフォトン〉、軽量性と快適性を追求した〈ツエルト〉だけでなく、ファイントラックが提案するアイテムはどれもユニークで、ユーザーからの定評も高い。
そんなファイントラックの製品のなかでも、ユーザーからの評価を集めているのが〈カミノパンツ〉だ。3シーズン対応のトレッキングパンツで、登山はもちろん、クライミングや沢登り、パドルスポーツなど、さまざまなアクティビティで活躍するマルチユースモデル。その特徴は、軽量でありながらも耐久性に優れ、適度な通気もあり快適に着用できるなど、これまでのトレッキングパンツの概念を覆している。2013年の発売以来、リニューアルによりさらに使いやすくなって進化してきた。今回はYAMAP別注モデルの発売も記念して、本社の開発者にインタビューを敢行。カミノパンツがなぜ誕生したのか、開発までの道のりはどのようなものだったのかなど、作り手しか知らない秘話を大公開。製品として完成するまでの試行錯誤、メーカーとして追い求める理想的なプロダクトへのこだわりについてたっぷりとお届けします!
[インタビュアー : 株式会社ヤマップ 清水 直人 、 撮影 / 記事:小林 昂祐]
登山パンツではあまり使わないナイロン素材を選ぶ理由
まず、カミノパンツ誕生に大きく関わるのが生地開発。その一端を担ったのがファイントラックのプロダクト事業部・テキスタイル開発課の三宅さんだ。開発に至った経緯、そしてカミノパンツに使われている素材の開発の話を伺った。
三宅さん「カミノパンツの開発は、登山でもバリエーションでも、ハードユーザーがガンガン使える夏用パンツがほしい、というところから始まりました。ただ、夏用パンツに求められるのが涼しさ。涼しさを実現するためには、生地は薄い方がいいのですが、そうなると強度が落ちてしまいます。登山でのハードなシチュエーション、例えば岩に擦るとか、そういう使用に耐えうるタフネスを持たせつつも、軽量で清涼感のある夏用パンツに仕上げるという難しい課題がありました」。
目標は、ファイントラックらしくガンガン使い込める強度の高いもの。さらに夏用パンツに求められる清涼感を伴ったもの。そして、ファイントラックのパンツの代名詞的機能のストレッチ。この3つをいかに達成するかを考えたという。
三宅さん「強度を上げると同時に、履き心地と清涼感を兼ね備える素材として候補に上がったのがナイロンでした。ナイロンを登山パンツに使うことは少なく、一般的にはポリエステルが多いんです。ただ、ポリエステルは薄くすると少し強度不足になってしまいます。一方、分厚くすると十分な強度は出るのですが、夏用にはあまり向きません。清涼感のある薄いパンツ、かつ強度も必要となると、やはりナイロンに行き着きました」。
ナイロンという素材のデメリットは、伸縮性が低いこと。ファイントラックのパンツはストレッチにこだわっているため、ナイロンにいかに伸縮性を持たせるかを考えた。
三宅さん「しかも欲張って縦方向のストレッチも欲しいなと。縦ちょいノビ、横ノビノビ、というのがファイントラックのパンツにおいて留意しているポイントです。他社だと、ポリウレタンを使うことで縦にすごく伸びるパンツもあります。でも、縦に伸びすぎると足上げのときに生地が追従しすぎて、膝を上げるたびに生地を伸ばして戻してを繰り返してしまう。それは疲労感につながってしまいます。伸びた方がいいけど、伸びなすぎるのもだめ。程よい伸び感が大事なんです。
絶妙な縦伸びもこだわりのひとつ。生地の平滑感で足上げの負担を軽減しているのだという。すべりで生地を逃して動きを妨げない。また、横伸びは足を上げることによる太ももの張りに対応する。
三宅さん「縦伸びするパンツもありますが、それは考え方の違いですね。ポリウレタンを使うのが一番伸びるんです。ただしポリウレタンは重くなるのと、濡れたときに水を吸ってしまって伸びてしまうというデメリットがあります。とくに縦糸に多くポリウレタンを使っているパンツだと、濡れたときに裾を踏んでしまうくらい伸びてしまいます。ファイントラックが考える、「撥水のパンツ」で「長寿命」で「軽く」となると、選択肢にはなりませんでした」。
ナイロンは、同重量でポリエステルよりも強度に優れている。同じ強度であれば、ポリエステルよりも軽いということになる。そのため軽量化を狙うときはナイロンが主流で、とくにテントにナイロン素材が多いのはそういう理由があるからだそうだ。
伸縮するナイロン生地を開発するまで
三宅さん「ナイロンにしようといっても、すっとナイロンが使えるかというとそうでもなく(笑)。そこには技術的な壁があるんです。ポリエステルにストレッチを持たせることと、ナイロンにストレッチを持たせることは、生地開発の難易度がまったく違います。少しストレッチするナイロン生地というのはあるのですが、カミノパンツに必要とされるストレッチ性は、これまでの技術では作れませんでした」。
ストレッチするナイロン素材の開発は、繊維メーカーとの共同で行った。ファイントラックのものづくりに対するアイデアが新しいニーズへと繋がることもあり、双方ががっつりタッグを組んで開発を行っている。
三宅さん「これまでの取り組みもあり、糸から織物に加工するまで、どうしても繊維メーカーの協力は必要になります。ファイントラックに対する信頼を持ってくれているので、少し変わったもの、突飛なものでも挑戦してくれるんです。「ファイントラックだから、いいものができるのではないか」と」。
強度と伸縮性の次は通気。縦糸と横糸で構成される織物の場合、その密度をコントロールすることで通気を出すのだという。
三宅さん「ただ生地の目を荒くすると強度が落ちるので、生地本来の熱の拡散性を活かして十分な強度を持たせつつも、涼しさを実現しています。ナイロンは水分を繊維自体に若干含んでいるので、接触冷感があります。生地自体が熱を分散してくれるので局部的に熱くなったり・冷たくなったりしにくいという特徴もあります。糸を細く生地を薄くすることで涼しさを追求することはできるのですが、やっぱり強度が犠牲になるため、十分な太さの糸を使いつつ、織りの密度で調整しています」。
夏用のトレッキングパンツとはいえ、標高が上がれば涼しいことも多い。低地でも着用でき、夏であれば3000m級の山でも十分快適に過ごすことのできるバランス感が求められた。
三宅さん「清涼感を謳っている割にスカスカな生地に見えないかもしれませんが、そこのバランスが大事なんです。普通だったら、ナイロンは難しいからポリエステルでいいじゃないか、この強度で仕方ないじゃないか、というふうになってしまうと思います。でも、ファイントラックはこれまでの概念にとらわれずに、広く見渡して、理想を追求しています。
ストレッチするナイロンでトレッキングパンツを作ったらいい製品ができるのではないか、と。でも、素材のコンセプトから着手して最終形までは2年はかかっています(笑)。どうしても生地開発には時間がかかります。このストレッチするナイロン生地は、カミノパンツ専用に開発した生地なのです」。
100洗80点の耐久性へのこだわり
カミノパンツはファイントラックのほかのパンツと同様に、100洗80点を達成。これは100回洗濯しても撥水加工が80点維持されるという目安のこと。
三宅さん「製品に対して長寿命を求めるかどうか、ということなんです。ファイントラックのユーザーさんであれば、毎週のようにフィールドに出かけるだろうと想定。そうするとライトユーザーさんと比べたら着用回数が多いので、機能の撥水や吸水が寿命を迎えるのが早くなってしまうんです。そういう意味で、製品の長寿命化を目指すというのは、われわれ自体がユーザーであるという目線で見ても、当然のことだと思っています」。
ファイントラックは100洗80点にこだわるが、生地メーカー曰く、「そこまで要求するメーカーは他にはない」。消費されるアパレルをつくるのか、本当に安全を担保するギアとしてユーザー目線で長寿命を目指すのか。その違いがファイントラックのアウトドアメーカーとしての姿勢なのだ。
三宅さん「当社はすべての商品において機能の長寿命化を目指します。それが充実した修理サービス・サポート、ケア用品の開発なども含めて、ひとつの商品を長く機能を保持しながら長く使ってもらうという考えにつながっているのです。商売的には買い替えてもらった方がいいのかもしれませんが、自身がユーザーであることは忘れないようにしています」。
細部に込められたカミノパンツの多彩な機能
つづいてカミノパンツの機能面について、プロダクト事業部・商品企画課の森田さん、生産技術課の畠山さんに話を伺った。2013年の登場以来、2017年にリニューアルを行っている。時代の変化とともに必要とされる機能やデザインだけでなく、自分たちがユーザーであるという視点も大切に開発を行っている。
森田さん「いろいろ工夫しているところがあります。まずは細かなところだと、ベルトの端を中に収納できるような構造にしています。一般的なトレッキングパンツにはない構造で、見返しを内側に設けているので、収納できます。ポケットの中からベルトを引くことも可能です。ベルトがだらっと出ていると、ひっかかったりしますし、いいことではないと考えて、収納できる構造にしています。
ポケットの中にもコインポケットを設けたり、キーチェーンループも備えたりと工夫しています。ポケット内で鍵が動かないようになっています」。
ポケットの内側はメッシュ構造。ムレを軽減る配慮が施されている。清涼感のあるトレッキングパンツというコンセプトがここにも反映されている。
森田さん「ファイトラックのパンツにはベンチレーションが採用されていて、ウェア中のムレを一気に放出する機能になっています。カミノパンツにももちろんあるのですが、このメッシュもこだわりがあって、裏側のメッシュの端の処理を丁寧にすることで肌へのアタリを軽減しています。目立たないのですが、ここが結構ポイントです(笑)。縫製工程が増えて大変なのですが、肌へのストレスを最小限にする工夫です。長い時間歩くと違いを感じていただけるはずです」。
耐久性への配慮も採用。股の内側には、強度を保つためにシック布を配置。股の部分にかかる力が分散されることで負荷が軽減され、結果的に長く着用できる耐久性が実現されているのだ。
畠山さん「股下を上から下に縫うようにしているのもこだわりです。一般的な量産工場だと、股下を一方の足からもう一方の足の方までぐるっと縫うんです。そうすると縫い目が右と左で違ってしまうので、こっちは上方向、こっちは下方向というように、歪みが出てしまいます。ねじれるんですね。そうならないように、左右どちらも同じ方向になるように、それぞれ縫っています」。
さらに、リニューアルではシルエットも見直しているという。シルエットやデザインは時代によって変わるため、17年に改良した。
畠山さん「ポイントは足を少しすぼめていて、膝の屈伸に対応する立体を設けています。前のモデルはストレートタイプだったのですが、立体的な構造になるようダーツをつけています。1〜2cmのわずかな調整ですが、パンツは見え方が変わってきます。生地は前モデルも現行モデル同じですが、だいぶ違うものに仕上がっているのではないでしょうか」。
シルエットを変えるだけでなく、着用感や快適性も損なわないような調整が施されているのだ。さらにポケットを追加するなど、フィードバックからの変更点もある。
畠山さん「ヒップポケットをつけてほしいという声があって、リニューアルで採用しました。ポケットもパンツの形をより立体的に見せるために、ダーツを使ったポケットになっています。ヒップの形状もしっかりとフィットするようなデザインにしています。ヒップに沿うような形にすることで見た目もすっきりしますし、違和感なくフィットするんです。ポケットをつけるだけでなく、デザインを損なわないようにしながら着用感や使用感も配慮しています」。
(注)YAMAP別注カミノパンツでは、ヒップポケットをさらに使いやすくするため、あえてポケット位置をずらしています。
ファイントラックのものづくり精神
すでにマーケットにあるものをつくらない、共同開発をしていくという、ファイントラックならではのものづくり。カミノパンツに関してはどうなのだろうか。
森田さん「今まで自分がアウトドアウェアを作ってきた経験もありますが、使っているうちにこうだったらいいな、というアイデアがベースにありますね。シンプルだけど動きやすい方がいい、といったような自分たちの理想を形にすることを心掛けています。なので、他社製品を見てという発想はありません。ファイントラックの社員はみんなアウトドアをする人なので、「ここをこうしたい!」というフィードバックもたくさん寄せられます。その声をいかに製品に落とすのかも大切です」。
畠山さん「製品の色も自分たちで決めています。この色は山で映えそうだなとか、もちろんレイヤリングも関係してくるので、合わせたときに、重ねたときにどのように見えるかというのも検証しています。なので、あまり他社にないカラーリングだったりすることもあるんですが、それはファイントラックの個性でもあるんです」。
YAMAP別注カミノパンツ開発秘話
YAMAP別注モデルは、基本的な機能やデザインはそのままに、YAMAPユーザーに向けてアレンジを施した限定アイテム。カミノパンツをベースに、ヒップポケットをスマートフォン対応にアップデートするだけでなく、カラーリングもオリジナルになって新登場。
畠山さん「ヒップポケットをスマートフォン対応にすると言っても、機種によっていろいろ大きさが違うんですよね。ちょっと大きいものもある。これは入る、これは入らないというのもあったり、ちょうどいい口寸とは?を考えてて、試作品を作って検証してきました。着用したときに違和感がないか、座ったときにどうか、などなど。
カッティングを変えて歩く時に不具合がないか、ポケットの深さも動きにくくないかというように、ポケットひとつだけでも、試行錯誤を繰り返してきました。見た目ではわかりませんが、ポケットにスマートフォンを入れたときに衝撃から守ってくれるように、内部に鹿の子生地を入れることでクッションにしています。ちょっとのことですが、角あたりが軽減されています。カラーもYAMAP別注モデルの特別色。社内での評判もよくて、社員からも欲しいという声が上がっています(笑)」。
ファイントラックの3シーズン用トレッキングパンツ・カミノパンツの開発秘話をお届けしました。軽くて快適で、耐久性も優れる。そんなユーザー目線で開発が進められたアイテムには、繊維をいちから作り上げるという、果てしない過程がありました。生地の開発だけでなく、改良を施すことでよりよいプロダクトに仕上げていくという姿勢も垣間見ることができました。YAMAPでは今回ご紹介したカミノパンツはもちろん、ここだけの別注アイテムもラインナップしています。ぜひともチェックしてみてください。
finetrack × YAMAP/ YAMAP別注カミノパンツ
本格志向のアウトドアブランド「finetrack」の定番モデル「カミノパンツ」に、YAMAPならではのアイディアを盛り込むことで、さらに使いやすく、さらに多用途に、さらにカッコよく。本物志向のアウトドアブランドとのコラボレーションで、YAMAPが自信をもっておすすめできる登山パンツができました。オリジナルカラーの限定生産による、オンリーワンのプロダクトです。