自然な足運びを実現するシューズブランド「ALTRA」|その構造に秘められた「ゼロドロップ」の哲学
「ゼロドロップ」という怪我をしにくく疲れにくい画期的な構造を世に生み出し、多くのランナー・ハイカーの足元を支える「ALTRA(アルトラ)」のシューズ。
でも、なぜトラブルを減らすことができるのか? アルトラ正規輸入代理店、株式会社ロータスの仲谷清志さんにお話を伺い、ALTRAの誕生秘話、そして最新作「LONE PEAK 8」をはじめとするトレイルシューズの実力を紐解きます。
(文・山畑理絵 写真・茂田羽生)
過酷なロングトレイルを歩くハイカーに選ばれたALTRAのシューズ
ーまずはブランドの発足について教えてください。
2009年、アメリカ・ユタ州にて、ゴールデン・ハーパーとブライアン・ベックステッドによって「ALTRA」が創立されました。「 INSTINCT(インスティンクト)」というランニングシューズからスタートし、2011年にトレイルランニングシューズの「LONE PEAK(ローンピーク)」が誕生。同年、日本でもローンピークの販売がはじまりました。
ー日本ではランニングシューズではなくトレイルランニングシューズの販売からスタートしたんですね。
そうなんです。最初はトレイルランニングやU.L.ハイキングの造詣が深いアウトドア専門店で販売することになりました。
というのも、「ローンピーク」はトレイルランニングモデルとして発売されましたが、アメリカではハイカーの使用率がとても高いんです。アメリカの3大トレイルでは、やってくるハイカーがどんなアウトドアギアを使っているのか? という統計を毎年発表しているのですが、そこでALTRAのシューズは毎年上位に入っています。例えばpacific crest trailでは2023年も1位が「ローンピーク」、2位が「OLYMPUS(オリンパス)」という栄誉をいただきました。ローンピークに関しては7年連続の1位となります。
「ゼロドロップ」という画期的な構造のウラに、「オーブントースターでチン」の秘話
ー2009年誕生というと、比較的まだ新しいブランドですよね。すでに世の中にはたくさんのランニングシューズがあるなか、なぜ自分たちでも作ろうと思ったのでしょうか?
創業者のひとり、ゴールデン・ハーパーは、大学生のときにランニングフォームとランニングの怪我に関する研究をおこなっていました。なぜそういった研究をはじめたのかというと、アメリカンフットボール選手だったハーパーの父が、膝の怪我によって「もうあなたは一生走れないだろう」と医師に言われてしまったことにはじまります。
怪我をしてしまったハーパーの父は、独学で走りの勉強をし、メジャーな大会で優勝するほど回復しました。その時のフルマラソンの記録が、2時間22分01秒。「一生走れない」と言われていた人が走れるようになり、しかも成績も素晴らしいものでした。その後、ハーパーの父はいろいろなスポーツメーカーで働き、自分のランニング専門店を立ち上げました。
大学を卒業したハーパーは父のお店に就職し、ランニングシューズを販売するようになります。でも、自分がおすすめしたシューズで怪我をしてお店に戻ってくるお客さまがたくさんいました。ランニングを快適にするために作られているはずのシューズを履いているのに、ランナーの怪我が減らない。これはなぜかと考え、「かかとが高いことが怪我の原因ではないか?」という仮説を立てたんです。
そこで、ハーパーは既存のランニングシューズを改造します。オーブントースターで加熱して溶かし、ナイフでかかとを切り取って、裸足の状態と同じように、かかととつま先がフラットになるように形成しました。
この改造したシューズを「ゼロ」と呼び、試しに履いてみたら、もう驚くくらい気持ちよかったと。これが後のALTRAの核となる「ゼロドロップ(バランスクッション)」が誕生した瞬間です。
ーユニークなエピソードですね。
ハーパーの家の前にちょうど靴の修理工場があって、そこに新品のシューズを持ち込んで「ゼロドロップ」仕様に改造してもらい、修理工場で働くスタッフに「6週間試しに履いてみてほしい」と渡したそうです。すると、6週間経たずに「これはすごいシューズだ」という声が上がり、周囲にも口コミで広まりました。それがきっかけで、1年で1,000足もの改造シューズ、いわゆるゼロドロップのシューズを作ったんです。
「こんないいシューズはない」と確信したハーパーは多くのメーカーに「ゼロドロップのランニングシューズを作って欲しい」と持ちかけたものの、「見た目もダサいし、そんなの売れないよ」と断られてしまったんです。ならば「自分たちでやろう」と、ブライアン・ベックステッドと一緒に2009年に「ALTRA」を立ち上げました。
自然な走りを実現させるためのツール「ゼロドロップ」
ー「ゼロドロップ」はどんな特徴のあるシューズなのでしょうか?
つま先(前足部)とかかと(後足部)の高低差がない構造を、ALTRAでは「ゼロドロップ」と呼んでいます。
「ゼロドロップ」のメリットは、着地面積が広く、ヒールストライクが減ることです。その結果、自然で正しい姿勢になり、関節や腱に与える衝撃を減らす効果が期待できます。
たとえば、裸足で柔らかい芝生を走った場合、身体の重心の真下で着地するんですね。これが「自然な走り」です。
しかし、一般的なランニングシューズを履いて走ると、ほとんどの方が「ヒールストライク」と呼ばれるかかとからの着地になっています。しかも自分の重心の真下ではなく、自分の前方で着地してしまう。
かかとが高いシューズはミッドソールが厚くなりますから、かかとが重くなる=重心より先にかかとから着地してしまうんです。
ーかかとからの着地はよくないのでしょうか?
自然と前傾姿勢になり、簡単に楽に前に進みやすいメリットもあります。ですが、重心より前に、しかもかかとから着地してしまうことによって、ひざや腰に負担がかかってしまいます。怪我のリスクをなくすために開発されたのがゼロドロップ、いわばALTRAのシューズです。
ー関節や腱に与える衝撃を減らせること以外にも、「ゼロドロップ」シューズを履くメリットはあるのでしょうか?
普通に立っている状態でもメリットはあります。なぜなら、かかとが高い状態で立っていると、スキーのジャンプみたいに前傾姿勢になりますよね。それをずっと続けていると身体はどこかでバランスを取ろうとする。だから、立っているだけでも常にひざや腰、首など、どこかに負担がかかってしまいます。
その一方で、ALTRAは履いて立っているだけで正しい姿勢になりやすいので、腰痛が和らぐ方もなかにはいらっしゃいますね。
ー確かにヒールの高いパンプスを履いていると、常に前傾姿勢になっている気が。そしてめちゃくちゃ疲れます……。
ランニングシューズにしてもパンプスにしても、かかとが高いと無意識のうちに身体がバランスを取ろうと、ひざが下を向いたり、首も前に出たりします。姿勢が崩れてしまうのを防ぎ、身体のトラブルを減らすことにつながるのがALTRAの特長です。
つま先が広いデザインにも意味がある
ー「つま先が幅広い」という見た目でわかりやすい特長もありますよね。なぜつま先が広くなっているのでしょうか?
よく「ALTRA」のシューズは幅が広いと言われますが、幅が広いのはつま先部分(トゥーボックス)だけ。足の甲部分は他のメーカーさんのシューズと大きく変わりません。
「ALTRA」のフットシェイプは、健康な方の足形を基本として作っていった歴史があるので、広く作っているというより、足形に合わせているだけなんです。
ーシューズ全体の空間が広い(大きい)わけではなくて、指先の部分が広いだけなんですね。
この「幅広のフットシェイプ」によるメリットは3つあります。
1つ目は、外反母趾、内反小趾になりにくいこと。
2つ目は、足が浮腫んでも窮屈になりにくいこと。
そして3つ目は、自分が本来持っている衝撃吸収能力が使えるようになることです。
たとえば、地面に着地したとき、指先には圧がかかって広がります。身体全体を支えるものなので、本来は足の指が広がるはずなんです。でも、つま先部分が狭いと指が広がらない状態になり、身体に備わっているはずの衝撃吸収能力が使えません。
本来は、足の指が広がることで安定感が生まれ、自分の2つの縦アーチ(図1のaとb)を最後まで使うことができます。これが「幅広のフットシェイプ」による大きなメリットです。
ーいま実際に履いて立っていますが、確かに少し前に重心を乗せると、ぎゅーっと足の指が広がるのがわかります。足指が使える感覚もありますね。
つま先部分に余裕があるということは、前足部が地面に接地したとき、横アーチ(図1のc)が衝撃を吸収しながら沈んで、指先が広がります。これが自然な足の構造なんです。
ぐにゃっと曲がるそのわけは、足の動きに合わせているから
ー他にも「ALTRA」ならではの特長はありますか?
柔軟性ですね。走っているとき、足はさまざまな動きをしています。だから足が動くところに合わせて、シューズも動くようにつくっています。こうやって曲げてみるとわかりやすいんですよ。
ーええ! しっかりとしたミッドソールがあるのに、こんなにも曲がるんですね。
かかとも常に動いているので、あえて柔らかくしています。プロネーション(足を地面に接地するとき、足首をねじることで負荷を逃す身体機能のこと)はよくないと言われることもありますが、多少の動きは必要だと考えています。
なぜなら、本来動いているかかとが動かないことによって、身体のどこかに負荷がかかり、怪我の要因になるからです。
ー柔らかいことによるデメリットはないのでしょうか?
硬い登山靴に慣れている方は、最初は少し不安があるかもしれないですね。多少の足の動きが出てくるので。でも、それも自然な動きという形で「ALTRA」はとらえています。
足をガチガチに固めて本来動くところの可動域を失わせるのもよくないよね、というのが私たちの考えで、この柔軟性がランニング障害を減らす一つの手助けになります。
ーなるほど。アウトソール(靴底部分)も独特なパターンですが、これにも理由があるのでしょうか?
アウトソールが一体化していないところがポイントです。「オリンパス」がわかりやすいので、「オリンパス」で説明していきますね。
黒と薄い緑色の部分がアウトソールで、白い部分はミッドソール(アウトソールとインソールの間にある部分)。アウトソールを一体化させていません。なぜなら、足の骨(関節)に沿ってつくっているから。
人間は関節があるところは動きます。だから、つま先部分は縦方向にも横方向にも動くように設計してあるんです。こうしたアウトソールは他ではないと思います。
1|ヒールストライクが減り、関節や腱に与える衝撃を減らす「ゼロドロップ構造」
2|自分の縦アーチを最後まで使うことができる「幅広のフットシェイプデザイン」
3|足の動きに合わせてシューズも屈曲する「柔軟性」
=怪我のリスクや、身体のトラブルを減らすことができる
「ALTRA」が山歩きにもおすすめの理由
ーお話を聞いていると、走る人や怪我の経験がある人、アスリート志向の人が履くシューズなのかな? と思ってしまいがちですが、登山にもおすすめですか?
もちろんです。ゼロドロップは関節や腱への衝撃を和らげるので、のんびり山を歩く方にとっても、怪我のリスクを減らすことにつながりますし、姿勢が改善されることで疲れにくくなります。
山歩きにおすすめしたいモデルは「ローンピーク」と「オリンパス」シリーズです。
ー2モデルの大きな違いはなんですか?
一番の違いは、ミッドソールの厚み(クッション性)です。「ローンピーク8」は25mmなのに対して、「オリンパス5」は33mmと厚めです。
足裏感覚を優先したい方は「ローンピーク8」、よりクッション性が欲しい方、重いテント泊装備を背負って長く歩くようなシーンでは「オリンパス5」がおすすめです。
そして、アウトソールにも違いがあります。「ローンピーク8」は「MaxTrac™」という粘り気のある独自のアウトソール。「オリンパス5」はビブラムの「Megagrip」を採用しています。
「オリンパス5」はより濡れた岩場に強いので、アルプスのような岩稜地帯が多いシーンに向いています。より軽く、足裏の感覚を大事にしたい方は「ローンピーク8」がおすすめです。
ー両モデルにはミッドカットモデルもありますよね。
はい。ローカットだと足をくじいてしまいそう……という不安のある方は、ミッドカットの選択肢もあります。ロー・ミッド問わず防水モデルもあるので、シーンや好みで履きわけていただくのがいいと思います。
よりタフで、フィット感がアップした最新作「ローンピーク8」
ー「ローンピーク」はこの春アップデートされ、7から8になりました。どういった点が変更されているのでしょうか?
大きな変更点は2つです。1つ目は、よりタフな環境で使用しやすいように、アッパーの素材が強度のあるリップストップナイロンメッシュになったことです。
そして2つ目は、シューレースの穴が増えたこと。これにより甲周りが細い人もフィット感を高めることが可能になっています。
こうした細かい部分でのアップデートはありますが、「ローンピーク」はどんな方の足にも合いやすく、長距離の山旅であっても足のトラブルを聞きません。アッパーのつくりやソールの設計など総合的に見て、まず間違いない一足です。
「怪我をせずにスポーツを楽しんでほしい」ALTRAの想い
ー最後に「ALTRA」としての想いを聞かせてください。
趣味としてはもちろん、健康やダイエットのためにランニングを始めたのに、怪我によって走れなくなってしまう方がたくさんいらっしゃいます。速く走るのも大事ですが、「ALTRA」の一番の想いは「怪我をせずに生涯スポーツを楽しんでほしい」ということです。
「ゼロドロップ」が怪我をしにくいシューズであることに間違いはありません。ただ、いきなり「ゼロドロップ」はハードルが高い、走りにくそう、歩きにくそうと感じる方もいらっしゃるので、新しい取り組みとして、あえて「ドロップのある」シューズも開発しました。今後ドロップありのモデルも少しづつ増えていくと思うので、是非こちらも注目していただきたいです。
ー仲谷さんとしては、とくにどんな方に「ALTRA」を履いてほしいですか?
なかにはこういったトレイルランニングシューズを山歩きで履くのは怖いな……と敬遠される方もいらっしゃると思いますが、「ALTRA」の窮屈感のない気持ちよさを味わっていただき、登山をより楽しいものにしてほしいと思っています。
「ALTRA」の考えに基づいた「自然な走り方」はこちらの記事でチェック