ちょっと夏山に憧れて。│ミドルエイジの夏山挑戦に思いを馳せる、鷲ヶ峰でのチューニングハイク【前編】
低山を仕事のメインフィールドにしているぼくにとって、衣食住を自分で背負う夏山縦走は期間限定のボーナスステージのようなもの。ふだんは「低山トラベラー」ですが、毎年夏になるとまだ見ぬ風景と見聞を求めて日本各地の高峰や深山に入るのが、恒例のお楽しみになっています。そこは、いち山岳ファンとして。
とはいえ、歳を重ねていくと、これまで培った体力を持続的・長期的に発揮することが難しくなっていくのも事実。おまけに最近は目も弱くなりました。同じ悩みの方、けっこういると思います。だからぼくのようなアラフィフを中心としたミドルエイジにとって、定期的に山に通って身体を自然環境に慣らすことだったり、自分なりのトレーニングやチューニング方法をもっておくということは、とても大切になってきます。それと、変わりやすい山の天候や身体のクセとケアを踏まえた道具選びも重要でしょう。
いつか夏山の稜線を歩いてみたいと心に秘めているなら、まずは登りやすい2000m前後の山で気持ちを整え、モチベーションを高めることは、とてもいいアイデア。たとえば、日本百名山がたくさん眺められる鷲ヶ峰やそのふもとに広がる八島ヶ原湿原は、山を好きな気持ちを確認したり、夏山に向けた準備を整えていく「チューニングハイク」にぴったりの山です。そんなわけで、ミドルエイジの仲間たちにワンポイントアドバイスをおくりながら、さっそく鷲ヶ峰の頂を目指したいと思います。
(文:大内 征 / 写真:小池 美咲)
数々の名峰を眺められる鷲ヶ峰の稜線。いつかは“あっち”の稜線へ
鷲ヶ峰は、霧ヶ峰を構成する湿原のひとつ「八島ヶ原湿原」の北西に横たわる展望の山です。標高は1797mとなかなかの高さですが、登山口となる八島ヶ原湿原が1630mですから、高低差は160mほど。わかりやすい登山道は迷うリスクが小さく、そして絶景続き。山頂にさらなる眺めが待っていると思うと、期待がどんどん大きくなる、そんな山。
一般に「標高が100m上昇すると、気温は0.6度下がる」ことと「風速1mにつき、体感温度は1度ずつ下がる」という知識は、登山者が知っておきたいひとつの目安。衣類などの準備にも役立ちますから、覚えておくとよいでしょう。この山は1600mから1800mにかけて稜線を歩くので、気温の低下や風にはあらかじめ備えておきたいところです。
ということで、この日はベースレイヤーの上から薄手の長袖を羽織った春の装いでスタート。軽快に登り進めていくと、さっそくこの絶景です。新緑の低山に囲まれた諏訪湖と、その向こうに雪をまとう中央アルプス、木曽の御嶽山などの名峰がズラリ。何度歩いても素晴らしい眺め!
ちょっと厚手のベースレイヤーが夏山でも使えるワケ
五月ならではの眩しい陽射しは、少しずつ気温を上げていきます。ちょっと登っただけで吹きだす汗に、早くも一枚脱ぐことを決意。下に着ていたベースレイヤーだけで歩きましたが、これがとても快適でした。
この「プラックスウールロングスリーブT」は、サトウキビなどに含まれる糖を原料としたポリ乳酸由来のPlaX素材が使われています。そこにウールとキュプラを混合してあり、目が詰まっていてタフ、そして肌触りも良くて。着た瞬間は「ちょっと厚手かなあ」と重さを感じますが、高所ならではの冷たい風には逆にいい塩梅。さらには、歩いていると汗がほどよく吸収されて素早く乾くという特性があり、匂いもつかないというオマケつき。これはまさに、洗濯のできない夏山縦走やロングトレイルなんかに相性抜群でしょう。
薄い、軽い、丈夫、便利! 山でも移動でも大活躍のウィンドシェル
じわじわと暑い中での山行でも、ザックの中にはウィンドシェルと汗抜けのよいフリースを抜かりなく忍ばせてあります。これがどこかで役に立つんですよね。
山における急な天候の変化は、なにも強い風雨ばかりじゃありません。微妙な寒さや嫌な感触の風となって、登山者を不快な状態にすることもあります。この“微妙な”気持ち悪さに、重ね着や着替えなどで素早く対応できるようにしておくことが、夏山に備えるテクニックのひとつ。
そうこうしているうちに、あっという間の山頂到達。標高1797mは、想定内のやや冷たい風でした。こんなに陽射しが強くても、山の上は空気が冷たいことを再認識。これが3000mの山岳だったなら、たとえ真夏でも防寒対策は必須だということがわかるというもの。
さっそく備えておいたウィンドシェルの登場です。このパタゴニアのフーディニジャケットは、ぼくが持っている山道具の中でも際立つ出番の多さ。胸ポケットに詰めこむと手のひらに乗るほどのコンパクトサイズになり、重量はおよそ100gと超軽量。
購入した当初は、どれくらい役に立つのかと少し疑っていましたが、パタゴニアさんごめんなさい。こんなにペラペラの薄さなのに山では防風として本領発揮、移動の電車やエアコンの効いた室内では防寒にも役立ち、日焼けや虫対策としても有効。持っておいて損はない、パタゴニアの傑作のひとつです。この日も着たり脱いだり大活躍でした。ほめ過ぎかな。
頑固なハイカット派もうなる、ローカットシューズの決定版
登山靴に関しては、ハイカットかローカットか論争が山仲間の間でもつねに盛り上がる話題です。みなさんにも持論があると思いますが、もちろんぼくにもあります。
結論から言えば、ぼくはハイカットを好んで選びます。ふだんはLOWA(ローバー)のタホーという登山靴を愛用していて、履きつぶすたびに指名買いしていたら4足目になりました。いまは3足目のソールを張り替えて4足目と併用しています。低山でも夏山縦走でも、そして古道歩きでも、ローバーのタホーは絶対的な信頼をおく逸品。何度も捻挫から助けられました。もうこのスタイルに定着してから10年以上でしょうか。
ところが、その頑固なぼくの意見を変えさせるローカットシューズが出現しました。それがアルトラの「オリンパス5」です。
人にはそれぞれの歩き方にクセがありますが、ぼくはグリップする力がかなり強く、やわらかい靴だとその力に耐えきれず靴内で足がズレて(滑って)しまうほど。そして、それがいき過ぎたとき捻挫をしてしまう可能性も……。サッカー部だったころ、スパイク選びにはこの点で慎重でした。ハイカットの登山靴は「かかとと足首」をしっかり固定できるため、その靴内のズレ(滑り)が起こりにくい構造。だからぼくの歩き方にはハイカットが最適で、どんな道でも安定的に歩けるわけです。
今回、足下のおともに選んだアルトラ「オリンパス5」は、その点で絶好調。理由は、ローカットシューズでありながらもかかと部分の固定力が際立って高いことにあります。包み込むような履き心地とかビブラムのメガグリップが売りになっていますが、かかとの固定力こそが、ぼくにとっては最重要ポイントでした。
ちなみに、これまでいくつかのローカットシューズを山で試しています。どれも話題のシューズばかりでしたが、購入後に山で履いてみると、試着ではわからない不具合があったり、自分の歩き方との相性が悪かったり。実際に比較してきたという前提があるので、この「オリンパス5」の良さは自分の中で納得しているところ。これからもローバーとともに日本各地の山旅で活躍してもらいます。ソールはやや厚めながらもゼロドロップというのが個人的には嬉しいポイントでもありました。
ミドルエイジの弱点「目」を守ってくれる偏光レンズ
加齢とともに衰えてくる“目”は、山の中でケアしたいことの最たるものでしょう。個人的には目が強くないので、偏光レンズのサングラスは絶対に忘れられないアイテム。自然の世界は光を美しいと感じる場面がたくさんありますが、同時に光の強さに目が参ってしまうのです。ときには雑木林などで枝葉から目を守ってくれもします。本当に大切なアイテムです。
だからサングラスには、とてもこだわっています。山だけじゃなく日常生活や車の運転にも欠かせません。はずしたときはキャップの上に乗せていますが、気づかないうちに落としてしまうのではないかといささか不安になることも。その点、フロートのサングラスは首にかけることができて、便利なことこの上なし。もちろんキャップの上に乗せてもOKです。
体力はペース配分と栄養補給で補う
ぼくは講座などで山を歩くとき、できるだけマメに脚を休める機会をつくります。時間にしてほんの30秒、長くても2分でしょうか。その“脚休め”を、20分とか30分という短い間隔でとりながら、水分補給や上着の着脱に充てています。個人的には写真を撮るために立ち止まることが多いので、それも脚を休めるチャンスです。
その“脚休め”のときに、ずっと試してみたかった「リポビタンゼリー Sports」を適宜摂取してみました。のどの渇きによし、エネルギー源によし、おまけにゼリーだからちょっとだけど腹持ちよしで、登山にぴったり。甘すぎないマスカット味もグッドです。
この“脚休め”には、歩くリズムを身体に刻むことや汗をかく身体に仕立てていくことに、とても有効だと感じています。そして不思議とペースが落ちない。逆に、10分を超えるような休憩は、お昼を除けばほぼナシ。もちろん、状況によって長めの休憩も必要ですが。
3000m峰のオンパレードに、夏山に向けて思いを馳せる
登山口から1時間とかからず登頂できる鷲ヶ峰の頂には、その手軽さからは想像できないくらいの絶景が広がっています。中央アルプスから時計回りに、木曽御嶽、乗鞍岳、長大な北アルプスの中には槍ヶ岳もバッチリ。さらには美ヶ原、四阿山、浅間連峰、上越国境の山々、関東山地、奥秩父主脈、八ヶ岳、その手前に霧ヶ峰の最高峰・車山。そして、秀麗な富士山と南アルプスの険しい山岳の雄姿。文字通り360度の大展望、最高か!
日本の名峰の数々をほしいままに望むことができるスケール感に、圧倒されること間違いなし。いつかはあっちの稜線を歩きたい……そう感じたなら、夏山挑戦に一歩踏み出したも同然です。高い山には慣れていないミドルエイジでも歩ける「コース」はいくつもあるので、これを機会に自分で調べてみるのもいいですね。それこそYAMAPユーザーの活動日記とか、とても参考になりますよ。
大内 征(おおうち せい)
低山トラベラー、山旅文筆家。歴史や文化を辿って日本各地の低山をたずね、自然の営み・人の営みに触れる歩き旅の魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方について、文筆・写真・講演などで伝えている。 NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」コーナー担当、LuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」番組パーソナリティ。NHKBSP「にっぽん百名山」では雲取山、王岳・鬼ヶ岳、筑波山の案内人として出演した。著書に『低山トラベル』(二見書房)シリーズ、『低山手帖』(日東書院本社)などがある。宮城県出身。 YAMAP MAGAZINEで連載中の『大内征の超個人的「どうする家康」の歩き方』が好評。
鷲ヶ峰の次は、霧ヶ峰・八島ヶ原湿原へ。後編もどうぞお楽しみください。
ちょっと夏山に憧れて。│ミドルエイジの夏山挑戦に思いを馳せる、鷲ヶ峰でのチューニングハイク【後編】
〈 その他の着用コーディネート 〉